「・・・死んでない」 私は確かに死んだはずだ。いや、死ぬ瞬間に立ち会う、というかそのまえに気を失ってしまったから本当に死んだのかわからないのだけど、ここにいるということは死んでいないということだろうか。相変わらずなんて表現したらいいかわからない夢の空間、ナイトメアの独壇場。そこにひとり突っ立っている。夢をみれるということは生きていると解釈できるが、幸せという独りよがりに浸りながら死を覚悟した身ではなんとなく居心地が悪いものがある。 「折角生きているんだ、少しは喜んだらどうなんだ?」 「・・・ナイトメア」 視線をあげて目の前に立つ彼はいつもの顔色でいつものように笑っていた。まだ生きてたんだ、と何気なしに思えば当たり前だ、と言い返された。そういえばここでは筒抜けなのだった。気をつけなければ。というか、 「あんた、遮断しなさいよ。できるって前にいってただろ」 「あぁ、忘れていた。君が生きていたことが嬉しくてね」 「はっ、気色悪いこというなよ」 鼻で笑ってはき捨てたというのナイトメアは笑みを崩さない。気味が悪いとばかりに顔を歪めれば君は変わらないね、と嬉しそうに目を細めた。いやいや、なんで罵られて嬉しそうなのか意味がわからない。 「私、そっちのケはないよ」 「私だってないさ」 「んじゃあ罵られて嬉しそうにしてんなよ。なにが嬉しいのかさっぱりわからねぇ」 「わからないのかい?」 「生憎と人の心を覗き見るような悪趣味な特技は持ち合わせておりませんので」 「ははっ、本来の君らしさがでてきたね」 ナイトメアは口元に手をあてて、面白そうに笑う。確かにここには私とナイトメアしかいないし、隠すことだってできないし作ることもできなから素の自分でぶつからなければならない。丸裸で人と向き合わなければならない。本来の私らしさがでてきたといわれても、それは隠すことができないからだすしかないということをわかっているんだろうか。きっとわかっていながらそんなことをいうのだからナイトメアもなかなかに始末に負えない。というか小憎らしい。私は、人と最低限の関わりしか持ちたくなくて、無関心にいきていきたかったのに。いまはそれも粉々に打ち砕いてしまったけれど。 「それで?なんで今更ここなわけ。できればこんなとこ、きたくなかったんだけど」 私があの世界で嫌われずもせず好かれもせず、という立場を確立してから夢をみなくなった。たった一度、適当に(それでも真面目に)話したときの夢以外、彼は私の夢に現れなくなった。ただゲームは続くよ、とだけ言い残して現れなくなったのに、本当になんで今更こんなところに誘い込むのだ。私がこの空間を嫌っていることを知っているだろうに。なんで今更。 「君が動いたからだよ」 心を読まれていたとしか思えないぐらいのタイミングで言い放たれた言葉に眉を寄せる。遮断しろといったはずなのに、と睨みつけてもナイトメアは飄々としている。隠しもせずに盛大に舌打ちして今度遮断してないとわかったら殴る、と声に出さずに伝えてやった。 「へぇ、蓑虫さんに行動は筒抜けか。見張られているようでいい気がしないね」 「個人を見張るなんてそんなつまらないことはしないよ。私は等しく平等にみている。まぁ、君だけをみているのも楽しそうだけどね」 「短い付き合いだったな蓑虫。未来永劫近寄るな変態」 「くくっ酷いいわれようだ」 「ストーカーじみた覗き犯なんて笑えねぇよ。宰相閣下のほうが笑える」 「おやおや、心外だな」 「あれは真っ黒いが真っ白だしね。その辺はまだお前よりは好感が持てたかなー」 そうと気づいたのはアリスがきてからだったけど。それまではただの偉い真っ黒な白ウサギだという認識だった。長い間補佐として働いていたけどあれほど驚いた出来事はなかった。女王の口癖が首を撥ねよだとか、騎士長閣下が放浪好きで使えないだとか、その騎士長閣下が爽やかという仮面を被ったどす黒い人だったとか、そういう知りえたどの事実よりも驚くものだった。人は見かけによらないもだと、あの時心底思ったものだ。 「君は好かれもしなければ嫌われないという珍妙な立場にいながら、よくあの城で生きていけたね」 「珍妙いうな。私がどれだけこの位置に居続けていた思ってんだ」 「それはもう、気が遠くなるほどの長い間」 「わかっていながらそれかい」 「まぁいいじゃないか。私にとってはとても面白くも珍しい立場だったんだから」 「あーもうこの芋虫死んじゃってくれません?いっそのこと私が引導を渡してあげるよ?いまなら一息で楽に殺ってあげるよ?」 「そんな新しい立場を自ら作り上げて、力も持たずにどうやって生き抜いたんだ?」 「あー無視かい自分が嫌っているあだ名いわれてんのに無視かいそれにどうせあんたみてたんでしょうがなんで聞くかなこんなこと」 「君の口から聞きたいんだ」 にっこり笑って言い放たれた言葉に寒気を覚えるのは仕方がない。どこの三文芝居だ。心底嫌そうに顔を歪めて睨みつけるがナイトメアはやはり気にした風もなく、むしろそんな顔をしていたら折角整っている顔立ちが台無しだ、と頬をつまんで横に伸ばした。大きなお世話だと手を叩き落としてため息をつく。なんだか始終ナイトメアのペースでつまらない。大体できればあまり会いたくなかったし、ここはさっさと話を切り上げるべきだろうか。再度ため息をついて楽しそうに口角を持ち上げているナイトメアに向き直る。こいつ楽しんでやがるなちくしょう。 「素の私を女王に見られて、面白がって起用されただけだよ」 「へぇ、大したものじゃないか」 「どこが。大体あんたが女王の散歩ルートに落としていくからみられたんだぞ。てめぇが悪い」 「悪気はないさ。ただタイミングが悪かっただけ」 「タイミングさえよけりゃ女王にもみつからなかったってか」 「そういうことだ。恨むなら自分の運のなさを恨むといい」 「笑いながらいうなよちくしょうイラつくな」 「それで?君はいつものように"上手く"やったんだろ?」 「知ってるのに聞きたがるなんて酔狂だな蓑虫」 「別にいいじゃないか。君のことが気になるんだよ」 「・・・・・・いつものように"上手く"やったけど素の私を忘れられないらしくてお得意の口癖もださないまま仕事を与えられたんだよ。最後らへんは仕事を片付けてくれる都合のいい補佐官みたいな扱いになってたけどさ」 「できれば聞き流して欲しくないところ流すのだから君も人が悪いね」 「うるさいな。ならあんな悪寒がするようなこというんじゃねぇよ」 「私の愛は受け取ってもらえないということかな?」 「馬っ鹿じゃねぇの?愛も知らないやつが愛を語るなよ」 「君だって知らないだろう?」 「昔の話さ」 「私も昔の話さ」 飄々といってのけるナイトメアに苦い顔しかできない。なんだこいつ。なにがしたいのかさっぱりだ。今日に限って吐血もしないし。 「君はかの騎士に恋をして愛と思われるものを知った」 「わーそこまで筒抜けかい。プライバシーのなさもいっそ見事のもんだなてめぇ」 「私の場合、それが君だったというだけさ」 「また無視かいきれいさっぱり無視かい私をすきなら少しは話を聞け」 「十分聞いているじゃないか。君の話を聞いてばかりじゃ脱線ばかりして進まないから仕方がないだろう?」 「脱線させてるのはてめぇの行いのせいだということを忘れるなよ」 「忘れてなんかいないさ。ただ見てみぬ振りしているだけだ」 「同じことだっていうのわかってんのか?」 もうだんだん頭痛がしてきた。本当いったい何をしにきたんだ。脱線させている私も私だけど要領を得ない話も話だ。過ぎたることを、しかも知っていることを聞きたがるなんて時間の無駄じゃないのか。早めに話を切り上げようと考えていたはずなのに何故だか話が伸びている。だからこいつと話をするのはすきじゃないんだ。 「あーそういえば私が生きてるって本当?死んだと思ったんだけど」 「随分軽くいうね。自分の生き死になのに」 「だって覚悟してたし。あの血の量からして出血多量か騎士長閣下にとどめを刺されるかのどっちかだと思ったんだけど。できれば後者がいいな」 「いい趣味をしてるな君は」 「あの世界の最後はやっぱり好きな人に殺されたいってもんでしょ」 「なら私は君に殺されることを希望するよ」 「寝言は寝ていえ夢魔さんよ」 笑顔で言い切ってやってもナイトメアは面白そうに笑うだけだった。心底むかつくからいつかこいつに渋い顔をさせてやる。そう密かに決心した。 「で、生きてるってことは助けた人がいるんだろ?騎士長閣下は殺す気満々だったしってかそういう風に仕向けたし。誰よ私の幸せの瞬間奪った奴」 「君も人のことをいえないくらい悪趣味だな」 「最後は好きな人の手でってまだまだ可愛いもんでしょこの世界の人たちに比べちゃあよ。それで誰よ」 「君の恋敵、アリスさ」 ちょっと絶句するくらい衝撃的だったけど、心のどこかで納得した自分もいた。私はあの城で、というかあの世界では嫌われもせずに好かれもしない立場にたっていたから、助けるならばあの世界のものではない誰か。つまりは余所者、となる。女王は、ただの興味の対象であっていつか現れるであろう私の素の部分を待っていたんだろうけど、だからといって私を助けることなんかしない。死んだら玩具がなくなった程度にしか思わないだろう。ついでに仕事を片付ける者が減ったとか、その程度の認識だ。だから私は最高に幸せな形で死ねた、と思っていたのに。 「アリス、ね・・・」 「そう、君の上司にあたる宰相閣下が懸想する子さ」 「役職的には同等だよ白ウサギとは」 「君が気にするのはそこなのか?」 「別にー。尊敬できる上司だったら訂正しないーたぶんー」 「君、面倒になってきているだろ」 「ソンネコトネェーヨ」 「実に嘘臭いぞ」 呆れ顔をするナイトメアにため息をつきつつ頭をかいた。アリス。我らが宰相閣下が連れて来たとかいう余所者。私の場合はなんだか偶然に入り込んでしまったというか墜ちてしまったような感じだったけど、アリスは連れられてきた余所者。エプロンドレスだかが似合っていて、実に可愛らしい子だった。宰相閣下と仕事することが多いからよく眺めていられたけど、あの捻くれ具合が素敵だったのを覚えている。そんなことを思ったりしただけでどうでもよくて、アリスのことなんか気にもとめなかったしひたすら騎士長閣下をみていたからそんなに接点はなかった。はずだ。言葉を交わしたこともあるが全てアリスから話かけてくるだけであったし、回数もそんなに多くはない。それなのに助けた。というかあんな城でもそれなりに奥まった場所にくるなんて、私に会いにきたとしかいいようがない。なんていったって私に与えられていた部屋の前へ殺されかけていたわけだし。アリスに気に入られるような要素とかそういうものは一切見つからないのに、なんで気にかけられていたのか。不思議な子だ。 「君は浮いていたから、気になっていたんだろう」 「よーし歯ぁ食いしばれー」 「なっ、こ、拳を握りながら近づいてこないでくれないか」 「遮断してやがらなかったら殴るいっただろー」 「聞いてないぞ、そんなこと」 「心の中で。あんときはまだ遮断してなかったから聞こえてたはずだ」 「い、いや、すまない、油断したんだ。だからせめて平手にしてくれ」 「油断するほうが悪い。私はアリスみたいに優しくないからなー」 にこにこ笑って迫る私にナイトメアはもともと血の気がない顔がさらに血が下がり、青いを通り越して白くなっている。さすがに哀れになってきてとりあえずは渾身の平手にしておいた。 「浮いてたっていうけど、私そんなに浮いてたつもりねぇんだけど?」 「・・・一見役なしのカードに見えるが君は余所者だ。その前提条件を知れば誰だって浮いて見える」 涙目で赤く腫れそうな頬を押さえているナイトメアを尻目になるほどなー、と納得する。余所者は好かれるというのがこの世界での常識みたいなところがあったし、その余所者が役なしカードと同じように感心もなにも持たれていないことが不思議だったんだろう。不思議というか、奇怪にみえた、というほうが正しいか。ほかにもいろいろな要素がありそうだが、いまのところはそれで十分だ。 「ま、自分の意思を丸無視された形で拾った命だけど、仕方ないしこれから追っかけることにでもするか」 「誰を?」 「聞きたいわけ?」 「いいや聞きたくはないが、聞かれたいんだろう?」 「別に聞かれたいなんて思ってねぇっての」 「じゃあそういうことにしておこうか」 「うっわもうまじむかつくてめぇ」 「それで誰を追いかけるんだ?」 「・・・もちろん愛しの騎士長閣下様をだよ」 役職名で呼んだのは名前を呼ぶと溢れてしまいそうになるからだ。こんな感情をナイトメアに伝わせてなるものか。恥ずかしいということもあるがなにより、笑っているナイトメアが気に食わない。それだけだ。 「じゃあ私も追いかけることにしようか」 「誰を」 「君を」 「随分と酔狂なことだ」 「私は君を愛しているといっただろう?」 「聞いた聞いた。でも私は騎士長閣下のものだし残念だったな」 「あの騎士は君をみていないというのに?」 「これから振り向かせるんだよ」 「自信は」 「ないね」 「当然のようにいいきるね、君は」 「ないものをないといって何が悪い」 「君のそういうところが好きだよ」 「私はお前のそういうところが嫌いだ」 「そういうところってどういうところだい?」 「思い当たらないならないんじゃない?」 「ははっ私にもまだチャンスはあるようだから、思う存分追いかけてあげるよ」 「残念ながらそんなもの存在しないし捕まるほど愚かでもない」 「じゃあかの騎士に振られて落ち込んでいるところにでも慰めに入ろうか」 「うっわ姑息な手段ー。私そういうの嫌い」 「おやおや、嫌われてしまったな」 「お前、私のこと好きじゃないだろ」 「いや?私は確かに君を愛しているよ」 「口ではなんとでもいえるよね」 「それこそ君にだって当てはまるさ」 「あーもう時間の無駄だね無駄」 「私との逢瀬を無駄とは、傷つくな」 「さぁーて私はこれからの身の振り方を考えなくちゃなー」 「無視することないんじゃないのか」 「お前だって散々無視してたでしょうが」 ぐにゃり、と唐突に、ゆっくりと空間が歪んだ。そろそろ起きなければならない時間らしい。最後に憮然とした表情で君を捕らえるのは随分難しそうだ、とか呟いているナイトメアににっこり笑って、 「私を追いかけるならそれなりの覚悟してきなよ。私の心にはたったひとりしか住んでいないんだから」 夢の空間が閉じた。
心中者
(2007/08/12/) |