青い空が嫌いだった。幼い子供が青い絵の具一色で塗りたくったかのような空が、一番嫌いだった。だから昼になるたびに私の機嫌は急降下する。ビバルディのようにヒステリックにはならないけど、ただひたすら仏頂面で人を寄せ付けない雰囲気を撒き散らしては闊歩している。らしい。らしいというのはアリスから聞いたことだからで、私にはそんな意識はない。作ることなんて元の世界で呼吸と等しく自然にやっていたことだから、この世界でも意識せずとも上手くやっているつもりだった。それが日常だった。が、どうやらできていないらしかった。原因は、なんとなくわかっている。たぶん、あいつだ。青い空だけでも不機嫌になる理由は有り余っているのに、そんなものが似合ってしまう男がいるからだ。

「やぁ、こんなところで会うなんて奇遇だな」

 そうやって森から飛び出てきたエースに振り返る。相変わらずどんな登場の仕方なんだ、と視線をむける先ではいやぁ困ったよいきなり刺客に襲われてさぁ返り討ちにしたはいいんだけど今度は蜂に襲われて参ったよー、なんて爽やかな笑顔で血なまぐさい話題をつらつらと話しながら目に痛い赤いコートについた葉を払っていた。
 森とはいえ空は見える。そしていまの時間帯は昼。おまけとばかりに雲ひとつない、真っ青な空。一番毛嫌いする空を背負う男は違和感なしにそれが似合っていて爽やかだ。最大限に癇に障る。

「へぇ、それはご愁傷様。そのまま死んでしまえばよかったのに」
「いつにも増して酷いこというな、。残念だけど、俺はあのくらいじゃ死んだりはしないぜ?」

 そういって顎に手をかけ、爽やかに言い切る男を無感動に見返した。にこにこと笑うエースと背後の空が型にはまりすぎている。募る。募る。募る。罪の意識。

「いつもと変わらないし」

 ばし、とエースの手を叩き落して顔を逸らした。これ以上はだめだ。だめだ。私は、許されない。縛られ続けることを望んでいる。
 無言で、背を向けて居候させてもらっている城へと続く道を歩き出す。背中に突き刺さる視線は切り捨てて憎たらしい青い空の下を歩く。

「だめだよ」

 後ろから伸びてきた腕に腰を支えられ、視界を塞がれる。咄嗟に肘鉄を食らわそうにも体勢が悪すぎた。手をはがそうにも女と男の力差は歴然としているし、片方の腕は一緒に抱きすくめられている。片手では敵うはずもない。盛大に舌打ちして、焦燥感が迫り来る。私はこれから逃げなければならない。そうしないと、

「エース、ふざけてんじゃ」
「君の望みを知ってる。俺は騎士だから、人助けなんて当たり前だろう?」
「助けなんかいらないし!私はいまのままで十分、」
「嘘、つくなよ」

 耳元で囁かれた言葉に、びくんと反応する。それにくつくつ笑うこいつは本当に悪趣味だ。こいつ自身が悪趣味だ。爽やかに、人の傷口を抉る。そう、無駄に、爽やかで、有無をいわさない。
 あぁ、掴まる。

「俺が君を助けてあげる」

 塞がれた視界は真っ暗で、さっきまで映していた青い空の残像は黒に浸食されて私は囚われてしまった。





嘲笑う空を壊して