目が覚めたときはすでに日が昇っていて何故かベッドの中に居た。寝起き特有のぼんやりする頭では状況把握などなかなかできず、ただ天井を眺めるばかりで何もしなかった。なんとなしにくい、と腕を動かせば走る激痛に一気に覚醒して悶絶していれば聞こえてきた笑い声に行き所のない憤りを覚えたのだった。

「四日も眠っていたわりには元気じゃの」

 そういって可笑しそうに笑ってこちらを見ていた人は白髪のどこかルックを連想させる人だった。
 これが途方もない現実の始まりである。


□◇□


「お主、喋れぬだろう」

 眠って四日。起きて二日目。シメオンと名乗る魔法使いはそう唐突に話を切り出した。でもそれは事実であり、起きてから何度か声を出そうとはしているのだがどうしても出なかった。おかげでどうやら拾って助けてくれたらしいこの人にお礼さえもいえていない。そのことに酷く渋い顔をして頭を上下に動かした。声を出したくても出せない。なんと不便なことか。唯一の救いはなんとか体を動かせるようになったことである。

「ふむ、その様子だと最初から出せぬわけではないのか・・・。十中八九そうとは思っておったが、お主、中々に不便であろう」

 にたり、と笑っていうシメオンに眉を寄せながらまた頷く。その笑みにはなんだか嫌な予感しかしない。

「しかし安心せい。お主のその左手の指輪のおかげで大事にはならなんだ。それをお主にやった奴は大層お主のことを好いておると見る」

 仲良きことは美しきかな。そんなことをいって笑うシメオンに目を丸くして指輪を眺めた。シメオンの言うことが正しいのならルックが守ってくれたということなのだろう。あの魔力の暴発ともいえる魔法と、時空跳躍と。いま思えばありったけの魔力を使って魔法を、というには荒すぎたけど、使ったしそれのせいで歪んだ空間に吸い込まれてしまったのだから死んでも可笑しくはなかったのだ。死なずにすんだとしても引きずりこまれた空間に閉じ込められてしまっていたということも考えられる。そう考えるとこの世界に戻ってこれて、なおかつ体が痛んで声が出せなくなるだけで済んだのだからなんて幸運なのだろうか。
 つるり、とした風の波動を感じられる指輪を撫でる。ルック、君のおかげで命拾いしたようだよ。目を細めて微笑めばシメオンもつい、と目を細めて笑んでいた。

「さて、物思いに耽るにはいいが、いまの現状を知っておかねばならぬだろう」

 かたん、とシメオンは何気なしに脇に置いてあったテーブルの上からマグカップを取り、口に運ぶ。匂いからしてポタージュか何かだろうか。そう思うと現金なものでお腹がすいてきた。おいしそうだなぁ、とついつい凝視するように見上げていればシメオンは視線を誘導させるようにテーブルへと目を向ける。まんまと誘われてテーブルをみればもう一つのマグカップが鎮座していた。なんとまぁ、抜かりのない。目を向けると勝手に飲めと目で促された。ありがたい。痛む体をゆっくりと起こして手に取れば丁度いい温度だった。

「私が知っておることは伝えよう。その後で身の振り方を考えるがいい。考える間はここに置いてやってもいいしの。働いてはもらうがな」

 もちろんだ。そう答えるかのように首を縦に振った。

「いい子だ。では、どこから話そうか・・・。まぁ適当にこの時代のことから話すことにしよう」

 眠る前の子供に語り聞かせるかのようなそんな態度で聞かされた事実はとんでもない現実だった。
 ここが百五十年もの前の世界だなんて、そんな。