何かに纏わりつかれている感覚を全身に感じながら投げ出された空間は地上から結構高い位置で、落下地点だと思われるところでは数人の人間が戦闘中だった。気持ち悪い感覚を我慢した次の瞬間はこれかよ。素直な感想である。 「ていうかどいてぇぇえー!!」 もう涙さえ浮かんでいる。先ほどの魔力制御の練習中に集束させた魔力はすでに霧散し左手にない。そしてこの状況下で咄嗟に魔力を練り直すほど修練を積んでいるわけでもなく、 「ちょっ、まっ」 「ぎゃあ!!」 あっけなく人の上に落っこちた。 下敷きにしてしまった人は上手く受け身を取れたようではあるが人一人が降ってきた衝撃は相当のもののはずだ。ついでとばかりに互いの頭をぶつけ合っていたことからもそれなりの痛さもある。それなりっていうか、かなりの痛さだった。寺の鐘を一心不乱に力強く鳴らしているかのような音が頭に鳴り響いている。つまり、ものすごく痛む。それはもうすぐに起き上がれないぐらいに痛む。痛い。ひたすらそれしかない。 「・・・ってぇ、おい、お前!」 「ぅあー・・・うん、いいたいことはわかるけど、うん、待って・・・頭が・・・、っ」 下敷きにしてしまった人の上からいまだに退けず、がんがん痛む頭を抱えていたら下の人が身を起こすもんだから転がり落ちた。それに非難の言葉が口から飛び出そうとしたが、人の上に落ちてしまったということを思い出して寸前のところで飲み込んだ。たとえ不可抗力とはいえども下敷きにするのは悪い。たとえ自分もかなりの損害を被っても、だ。というかその前にそんなことに構っていられない。転がり落ちたおかげで痛みに拍車がかかったのだ。吐き気すら感じるような気がする。 うおぉおぉ・・・!と女らしくもないうなり方で痛む頭を抑えて座り込んだ。あぁお星様が見えそう・・・。 「お前、どこからでてくんだよ」 「どこって・・・そこから・・・」 「気づいたから知ってる。でも普通はあんなところからでてこないだろ!」 「あんなって・・・や、まぁ・・・うん・・・」 「ねぇテッド!危ないから女の子と一緒に下がって援護して!」 痛む頭でなんとか答えているとどこからか声が飛び込んできた。その声に反応して顔を上げる。やっとぶつかった衝撃が緩和してきたというのに今度は視界に飛び込んでくる光景に衝撃を受けて目を丸くした。 前線と思われる場所では剣を二つ持った男の子とアロハで羨ましくなるほど鍛え抜かれた筋肉をさらすおじさんとエルフと呼ばれるだろう種族の女の子が得体の知れない何かと戦っていた。いや、戦う限り敵なのだろう。でも、蠢くそれは、自分が知るモンスターと呼ぶものとはかけ離れていた。そしてもう一つ。双剣を手にする男の子が叫んだ名前は、なんといったか。 「ちっ、気安く呼ぶな!」 「いいから援護!」 「はいはい、了解しましたよっ、と」 ぐい、と後ろへと腕を引っ張られ後ろへと下がらされる。代わりにと前に出て矢を番えるその姿は。服装が違えど見間違えることのない、あの向日葵のように笑う、グレッグミンスターの友人。 「・・・テッド?」 「あ?なんで俺の名前知ってんだ?」 正確無比に矢を打ち込む合間にテッドは律儀に答えた。怪訝そうに眉をきつく寄せて、しぶといな、と呟く彼はまさしくあの彼だった。ちらり、とこちらを見るテッドと目が合う。どこか冷め切っている目に驚いて目を丸くすればため息をつかれた。おい、つきたいのはこっちなんだけど。 「とりあえずお前は後ろで大人しくしてろ。邪魔になる」 「あ、うん、ごめんなさい、ありがとう」 「別に。後で質問攻めに合うぜ」 「えー・・・」 ただでさえ状況を把握できていないのに質問攻め?ありえない。ぎゅっと眉を寄せて顔を歪ませればテッドが笑った。この野郎、男の癖して可愛いんだよ。 とりあえず邪魔にならないだろう位置に移動して前線を眺める。相当の使い手たちだというのはすでにわかっていた。伊達に道場に通ってはいなかったし、素人目からしても一般人とは動きが全く違うことぐらいわかる。明らかに違う、鍛え抜かれた動きで戦闘を繰り広げられれば気づかない人など早々いないだろう。そして自分を守るかのように展開していることも気づいていた。同じようにテッドも自分を守るようにして立ち回っているのが見て取れて、あぁ彼はやはりテッドなのだ、と笑みを浮かべた。 「・・・おい」 テッドの呼びかけには答えなかった。状況を冷静に見れる余裕が出てきたところで気づいたのだ。彼らが戦っているものが持つ魔力の波動。これは。 自分を吸い込んだあれと同じ波動。 「おい!!」 ぶわり、と魔力が弾ける。魔力が形となって自分の周りに蠢く。魔力を纏う。それは風であったり水であったり炎であったり。さまざまな形を成して顕現した。 あれのせいでルックとまた別れてしまった。最後にみたルックはいまにも泣きそうで、必死に自分を呼んでいたのに。自分はそれに心配をかけないようにと笑って約束を置いてくることしかできなかった。笑えていたかも怪しい。でも自分がルックの傍に居られなくなってしまうとわかったから、悟ってしまったから、だから約束を置いてきた。信じることでしか保てない不確かな存在をあげることしかできなかった。まだ傍にいないといけなかったのに、なのに離れてしまって。また、いつかのようにやせ細ってしまったら。あぁ心配で、心配でたまらない。最近やっと落ち着いてきていたというのに。全てが台無しだ。 「お前のせいで!!」 ぎらり、と睨んで激昂する。それに呼応するかのように魔力も膨れ上がって確かな敵意と殺意を持って正体不明の敵に攻撃を仕掛けた。それをテッド含め前線で戦っていた人たちは瞬時に危険だと察し、すぐさま後退する。彼らに気を配ることもできず、憎らしい相手へと魔力という名の暴力をぶつけた。魔法なんていう洗練されたものではない。魔力という力がそのまま投げつけられた、ただの凶悪な力だった。 「 ! !!」 テッドの叫び声が聞こえたけど内容までは聞き取れない。聞き取れていたとしても理解はできなかっただろう。強大な魔力の放出に体力は極限にまで削られ視界は不明瞭になり、足元がふらついた。なんとか確認できる視界では真っ青になる彼らを見つけ、巻き込まずにすんだことに安堵する。そして一言。 「ごめんなさい」 そう呟いて、歪み裂けた空間にまた吸い込まれた。 □◇□ 凄まじい魔法とも呼べない魔法をぶつけた少女に一同、驚愕し絶句しながらも訪れたチャンスを逃すようなことはしなかった。 彼女のおかげで正体不明の敵が大ダメージを受けたことはわかった。これを機に一気に崩す。それは皆も同じ考えだったらしく、すぐさま戦闘へと意識を切りかえて敵を倒すことができた。そのときにはこの機会を与えてくれた肝心の少女はすでにいなく、テッドによるとあのとてつもない魔力の塊をぶつけた際にぶつかった魔力同士の影響で空間が歪み、裂けてしまった狭間に吸い込まれてまたどこかへと跳ばされてしまったらしい。よくはわからないといえばテッドが面倒そうに事故によりどこかへテレポートしてしまった、と簡潔に話してくれた。なるほど。そう頷けばポーラが認識としては間違ってはいませんが・・・、とため息をついたけどリノさんも同じように頷いていたからそれ以上の言葉はなかった。 紆余曲折を経て船へと戻り、新しくテッドを仲間に向かえてからポーラとリノさんを呼び止める。テッドはどこかへと去ってしまった。まぁきっとこの船にいる限り気づくだろうからまた後で話せばいいだろう。二人は何故呼び止められたか気づいているらしく、さり気なく甲板の人気のないところへと移動する。そしてリノさんが世間話でもするかのように朗らかに切り出した。 「ありゃだな」 「やはり気づきましたか?」 「気づかないはずがないだろ?どっからどうみてもあれはだった。間違いねぇ、と思う。お前はどう思う?」 問われて少し考える。リノさんの言うとおり、あれはだった。僕たちが良く知る、。でもどこか違うような気もする。彼女はあんな荒削りな魔法は使わない。洗練されていて制御も誰よりも上手く、いっそそれは芸術と呼ぶに値するのではないか、と言うほどに魔法の扱いに長けていた。だからあんな魔法とも呼べない魔法を繰り出すとは到底思えない。しかし、先ほどの少女は彼女に瓜二つで、同一人物だといわれた方が納得するほど似ていた。 「・・・でも、彼女は船に残った」 「それなんだよなぁ」 「から転移魔法が使えるとは聞いていません。それに先ほどの甲板にがいるのを確認しました」 「あぁ、俺も確認している。ご丁寧に手を振ってやがったからな。あんなどでかい魔力を持ち合わせているとも聞いてねぇし・・・、それに、だ。どうみても同一人物にしか見えないんだが違和感があって違うとも思う」 「・・・私だけじゃありませんでしたか」 「・・・」 リノさんの言うとおりで、あの場に忽然として現れた少女をだと断定できない理由にそれもあった。どうみても同一人物にしか見えないのに、違和感が拭い去れなくて頭のどこかで違うという自分もいる。あの少女とはどこかずれているように思うのだ。何かが、どこかが、違う。でもそれがわからない。はで、少女は少女。そう別人と考えるには似すぎているし、同一人物と考えるには違和感があってそうとは思えない。 僕が感じていることはポーラとリノさんも感じていることらしく、三人で頭を悩ませるばかりだった。 「やぁやぁお三方、お揃いで。何か悪巧み?」 そうやって沈黙に支配されている場に切り込んできたのは話題になっている当人、だった。くるり、と振り向けばどこか不貞腐れたテッドが隣にいる。手首を掴まれているから無理やりにでも連れてこられたのだろう。彼女はたまに強引なところがある。ついでにげんなりしているところから、一度やりあった後なのだろう。口で彼女に勝つ人はあまりいないから気持ちがなんとなくわかった。そんな彼女はにやにやとこの場に似合わない笑みを浮かべている。 「・・・、船の中に行く前にいってたた事はこのことだったの」 「うん、そう。面白いこと、あったでしょ?」 すでに疑問形ではなく、断定的にいえばいとも簡単に肯定してくれた。それに額を叩いて空を仰げばの笑い声が聞こえる。誰のおかげだと思ってるんだ。 「おいおいお前さんら、俺たちにもわかるように説明してくれ」 「あ、うん、ごめんね。ちょっと長くなるけどいいかな?」 そういっては昔話を始めた。 □◇□ 背中から受け身もとれずに落ちた。一瞬息が詰まって盛大に咳き込む。体力の消耗が激しいこの体では咳き込むことがいつもの倍以上に辛かった。体を二つに折り、荒い息を整えようとする。 視界が歪む。意識が遠のく。先ほどのあれを思い出して泣きそうになった。感情に流されて人を、人を殺すところだった。あの正体不明の敵は人ではないと思う。でも、確かな殺意を持って魔法をぶつけた。殺意。思い出すだけで涙が零れた。また、自分は。 「・・・おや、これは珍しいのぅ」 視界の端に誰かの爪先が見えたところで意識はぶつり、と途切れた。 |