緑色の指輪は自分が、蒼いほうはルックが持つことになった。互いに互いの指輪に宿る魔力の上から重ねるようにして加護という名の魔法をかける。ルックからは風の加護をもらった。緑に風、そしてルックの手によってとか、なんというか、上手く嵌りすぎていると思う。ちなみに自分は一番相性が良いらしい水系統の魔力で魔法をかけてみた。それでも苦戦したけど前よりは魔力というものが掴めた気がするので中々にいい修行になったと思う。ルックにも結構上手くできたんじゃない、といわれた。素直に嬉しかったのでその日の晩御飯はルックの好きなものを並べてみた自分はかなり単純だと思う。
 つるりとした緑石に指を走らせ、この指輪を手に入れた日のことを思い出していた。保護の魔法もかけてあるために指輪は傷つかず、数日たったいまでも綺麗なままで左手の中指に収まっている。まぁ数日で傷だらけになるのも問題だとは思うけど。

、次やるよ」
「あ、うん、了解したー」

 修行の合間の休憩時間も終わり、実践も後半戦へと突入する。
 この指輪を手に入れてからというもの、すこぶる調子が良かった。あれだけ苦手だった制御もかなり上手くいくようになり媒介があるのとないのとではこれほどまでに違うのかと驚いたものだ。試しに指輪を外してやってみたら体が覚えているのか、少し苦戦はするものの前ほど酷い制御ではなくなっていた。一度成功してしまえば、コツが掴めればなんて事はない、ということのなのだろうがこれはすごいな。左手に収まる指輪を凝視しながら感心していれば指輪はただの媒介なんだから感心すべき対象じゃないだろ、とルックに突っ込まれた。いや、確かにそうなんだけどこれほどまでに変わるとは思わなかったわけで、うん。とにかく人並みの制御にまでこぎつけてすごく嬉しかった。

「そのまま球体を維持して」
「うん」
「十秒後に楕円」
「了解ー」

 右の手のひらを下に、左の手のひらは上を向きその間に魔力で作った水の球体を維持させる。ルックが十秒数え終わると同時に球体を潰すかのように手のひらを近づけ、腕を伸ばした。もちろん手は濡れない。水は横へと引き伸ばされ円盤のような形になり、回転しているために遠心力で細波が起こる。凝縮された海のようだった。

「的はあそこ」

 ルックが杖で数十メートル先にある木を指し示す。顔をあげてその存在を確認し、右腕を横に振って一歩足を踏み出し勢い良く横に薙いだ。手が真正面に来る前に楕円の水は手元を離れ、あっという間に木にたどり着く。両腕を目一杯広げても腕の中に収まらないであろう木を水は真っ二つにして数メートル後方で霧散した。ずずぅん、と重たい響きで木が倒れる。思っていた以上の威力にぽかん、としていればルックは上出来、とだけ呟くが酷く淡々としていて本当にそう思っているのかよ、なんて思った。

「・・・うわぁ、切れ味すごー・・・」
「細切れにはしてあげるからは水分をぬいて。少し間違えれば使い物にならなくなるからきをつけろよ」
「え、あぁ、薪にするの」
「そう」

 潔く察すればルックは手短く答えて風で大木を細切れにする。あっという間に大量の薪へと変貌していく大木を眺めながら、夕飯に間に合うのだろうかとぼんやり思った。
 まぁ十中八九間に合わないだろうな。


□◇□


 薪の水分抜きは随分と難しかった。非常にセンスと魔力制御の技術の高さが問われるもので、センスはともかく制御なんてまだまだ拙い自分だ。失敗の連続である。見かねたルックが指導に入ってくれたおかげでなんとか水分抜きの成功率は上がったが、それでも失敗するほうが多かった。そしてやはり終わらなかった。残りは明日の課題となるらしい。まじかよ。できればもう少し上達してから再挑戦したいと思ったが、時間が押していたために頼む暇さえなかった。あぁなんて運のない。自分はこういう役回りだよなぁ、と夕飯を作りながら途方にくれた。もう慣れてしまったけど。

「ルック、明日の買出しは自分も行くよ」
「は?なんで?」

 就寝間際でのことだ。互いに抱きついて、抱きしめて眠ることが当たり前のことになり、眠りに落ちるまでは雑談することが日課になった。そののんびりした時間が結構すきでルックも可愛らしいし、一日の時間でもっとも楽しみな時間だ。
 にこり、と笑ってルックの髪に撫でるように手を差し込めばくすぐったそうに目を細める。あぁもう可愛いなぁ。内心デレッデレである。

「グレッグミンスターで知り合いができてさ、最近買出しに行ってなかったし会っとこうかと思って」
「あぁ、前にはなしてた奴らか」
「そうそう。なんか市のたびに行ってたらさ、市の日は来るって勘違いしてるっぽいから心配してたら申し訳ないし」

 いくら寂しいからってレックナートさんにも困ったもんだよねぇ、とため息まじりにいえばルックも渋い顔をして沈黙した。
 ルックが復活してからというもの、レックナートさんは自分にべったりなのだ。とにかく塔にいる間は自分の傍にいる。さすがに修行や自分の占星術師としての仕事の間は弁えているのか近くにはいないが、それ以外は常に傍にいるのだ。あきれたルックがレックナートさんに小言を漏らせばレックナートさんは拗ねたようにこういった。

「ルック、あなたはさんの兄弟子ですから修行を見てあげなければならないのでずっと傍にいられるでしょうけど、わたくしはそうはいかないのです。家事を手伝おうにも私では邪魔になってしまいます。ルックは修行時も家事のときも眠るときでさえ共にいるではありませんか。わたくしだってさんとお話したりのんびりと時間を共有したいのです。ルックが全てを独占しているのですからこのくらいはいいでしょう?」

 拗ねている上にやきもちですか、レックナートさん。私の感想だった。
 ルックにもその自覚はあるらしく、珍しく押し黙ったまま反論はしなかった。だからといってレックナートさん曰く、ルックが独占している時間を譲るつもりはないらしい。二人の間に火花が散った気がしたのは気のせいではないはずだ。なによりもすごいことは二人とも人の意見を全く持って聞かないところにあると思う。子供と女ってすげーとこのとき思った。プライベートなんてあってないようなものだなぁ、とも睨みあう二人の傍らで思った。こういう役回りも慣れてしまったけど。本日二度目の言葉だった。

「・・・レックナートさまは、」
「うん、大丈夫。ちゃんと言ってきたから」
「そう、ならいいけど」

 同じ事を思い出していたらしいルックに小さく笑いながらもう寝ようか、と抱きしめて布団を引っ張りあげた。ぽんぽん、とあやすように背中を叩けば縮こまっていた体の力が抜けていく。これを見るたびに一人で眠れるようになる日が来るのかなぁ、と不安に思ってしまうが普通の子供とは大分境遇の違う子供だ。甘えた盛りに甘えられなかったのなら、甘えられる人がいなかったのなら自分がべったべたに甘やかしてあげてもいいのかもしれない。今のうちぐらいは。
 あどけない寝顔のルックに笑みを浮かべた。そう、今のうちぐらいは、ね。

「おやすみ、良い夢を」

 きっとこんな風に眠れなくなる日がくる。それまでは君と一緒に眠ろう。どうか優しい夢を。
 そう願って夢へと落ちた。