運良く、というか今日もに探し当てられて構ってもらい買い物に付き合ってもらった。毎回毎回申し訳ないとは思うのだが断れば迫力満点の笑顔で嫌なのか?と問いかけられるために思うだけに留めている。笑顔で脅迫って美人がやると本当に半端なく怖いのでこの状況に甘んじるしかないのである。ただ良心がちくちくと痛いのだがそれさえもに見透かされているらしく気にすることないよ、と邪気のない笑みで告げられたときはこの人自分の使い方を良くわかっている人だよなーと思ったものだ。天然だとしても。 そして今日もまた同じように再会を意味する言葉で別れを告げ、互いに別方向へと歩く。はこれから鍛錬なのだそうだ。どうしても一本とってやりたい人がいるらしい。その人は女の人なのに武術の腕前はかなり素晴らしいらしく、目下その人を倒すのが目標なんだとか。きらきらした目で語るはとても眩しかった。目標を持つっていいことだよなぁ、と思いながらへぇと気のない返事をしておいた。には悪いとは思ったが私にはあまり関係のないことであるし興味もそれほどでなかったのだ。強いていうのならば一度だけ手合わせしてみたい、といったところだろうか。 にもらった飴玉を口の中で転がしながら別れる前に聞かされたことを思い出していた。いつもと変わらない日常会話ではあったが、何故だか記憶に残ったのだ。何故だかは知らない。でも、印象強く残ったのは何か意味があるのだろうと思い思い返していたのだが。 「・・・何にも意味ないなぁ」 至って普通の、本当にいつもと変わらないやり取りにしか思えない。いくら頭を捻ろうともとても意味のあることのように思えなかった。一体何がここまで引っかかるのか。全く持ってわからない。不思議なこともあるもんだなぁ、と思いながらこのまま考えていても何故こう思ったのか延々と首を傾げる羽目になりそうなのでこのことに関する思考は中断させた。それよりも帰路に着くほうが先であるだろうと、そう判断したのだ。よっと腕に抱える荷物を持ち直して市を抜けるために歩く。きっとが珍しく熱く語っていたら印象に残っただけに過ぎない。きっとその程度だろう。そうに違いない。中断させた思考にそういう結論を無理やりに持たせて人ごみを分けて足を進めた。 このときのことを唐突に理解するのは遠い未来であり、近い未来である。 □◇□ 視界の端で煌いた輝きが気になって足を止めた。そこは市には良く並ぶ露店の一つのまん前で、アクセサリーなどを店頭に並べていた。その中できらきらと輝く指輪に目を奪われる。 幅広の銀の帯に緑色の石が埋め込まれ、繊細な細工がさり気なくその石を引き立てている。だからといって己を主張しないわけではなく、埋め込まれている石のために全力を尽くし、そうすることで己の存在を主張していた。隣に並ぶ蒼い石の指輪もそう。これは対となっているようで、作りも形もまるっきり一緒のように見えた。立ち止まったままその二つの指輪に見入る。露店のお兄さんが気づいたらしく、にこりと笑った。 「お嬢さん、この指輪が気になるのか?」 「あ、はい、まぁ・・・」 「若いのに中々の目をお持ちだ」 視界の端で笑うお兄さんにはどうも、とだけ返す。会話の間も指輪から視線をずらさずにいた。道行く人の邪魔にならないようにと移動しても目は指輪から離さなかった。離れなかった。座り込んでじぃ、と見入る。この指輪はね、とか話し出すお兄さんの言葉には適当に相槌を打ちつつ眺めていた。 「なに、ほしいの?」 後ろから聞き覚えのある声が聞こえて目を丸くする。そんなまさか。慌てて上へと頭を反らせれば、ルックの端正な顔が見えた。しかしルックの視線はこちらには向いておらず、先ほど見ていた指輪へと注がれている。同じように見入っているかと思えば目を細めてへぇ、とだけ呟いた。 「お兄さん、それ二つとも頂戴」 「毎度ー」 お兄さんはにこり、と笑って箱に詰めてくれる。ルックが代金を渡して箱を受け取る。あまりの展開の速さに頭がついていかなかった。なんでルックがここに?指輪買ったの?しかも二つとも?割といいお値段してたけど?え?いいの? 絶えず湧き上がる疑問に硬直していたら腕を引かれて立ち上がらせられ、そのまま手を引いて市を抜けるために歩き出した。ルックの手には先ほどの箱二つが収められている袋。繋ぐ暖かい手。握る手のひら。いつもの感触。いや、うん、なんで? 「迎えに来たんだよ」 「いや、手鏡で帰れるけど」 「遅い」 ぎゅ、と繋ぐ手の力が強くなる。どうやらいつもより帰りが遅くなっていたらしく、ルックが居ても立ってもいられなくなったらしい。これは中々に重症だなぁ、と内心あきれながらもごめんねといって手を握り返した。 もうそろそろ日が沈むために店じまいが始まっている。それでもざわざわと騒がしい市を抜けて遠のく喧騒に今日は面白かったなぁ、と思った。 「あ、ルック。なんでその指輪かったの?」 「ほしそうに眺めてただろ」 「いや、別に欲しいわけじゃなくて気になったからみてたんだけど、」 「あ、そう。でもあんたが持っといて損はないと思うよ」 ふと問いかければお前のために買った的な言葉が返ってきて目を丸くした。あまりの驚きに口から飛び出した言葉の可愛げのなさに自己嫌悪に陥りそうになるがルックは気にした風でもなく、ただ淡々と言葉を返してくる。この時ばかりは救われた。そう思った。夕焼けの赤が優しく降り注ぐ。 「・・・損はないって、どうしてよ」 「これ、微弱に魔力をやどしている。意図してやどされたわけじゃないみたいだから作り主が知らず知らずのうちに、ってところだろうね」 「へぇ・・・なんでわかるわけ?」 「魔力がこもっているならあんな安いわけがない」 なるほど。割といいお値段だったが魔力という付加要素があればかなり安い部類に入るらしい。 「気になったのもその微弱な魔力にきづいてだと思うよ。まぁあんたにしてはよくきがついたんじゃない?」 「それはどうも」 「だから、ほら」 いつもと変わらない生意気な言葉に調子が戻ったな・・・と思っていれば差し出された袋に足が止まった。隣から見上げてくるルックは早く受け取れといわんばかりに拳から垂れ下がる袋を更に突き出してくる。いやいや、受け取れっていう意味がわからない。 「なんで?」 「ぼくには必要ないしあんたには必要だから」 「だから、なんで?」 さすがに言葉なくしては理解のしようがない。声にして伝えない限り人の気持ちなんて推し量ることができても理解することなんて普通はできないんだから。そしては自分は割りと察しが良い方ではあるとはいわれるがさすがにこの状況では無理があった。 説明を要求する。変に畏まっていってみればルックは普通に答えてくれた。どうやらルックも説明不足だというのには自覚があったらしい。 「あんた、まだ魔力の制御が上手くできないだろ。それは仕方ないことだとは思うけどできないとやっていけない」 「うん、まぁそうだろうね」 「だから、少しでも制御しやすいように集中できるものがあればいいと思うんだ」 なるほど。そういうわけか。つまりルックは魔力の制御を円滑に行うべくこの指輪を使って修行に励めといいたいわけだ。指輪には何の力もないが、集中できる媒体がないのとあるのとでは格段に違う。しかもこの指輪は微弱であるとはいえ魔力を宿しているようだし媒体としては申し分ないのだ。結論からいえば魔術師が持つ杖と同じである。そういう意味なのだろう、これは。 突き出されたままの袋をやっとのことで受け取る。でもこれ二個あるんだけど、二個も使うことないよなぁ。 「ねぇルック。一つはルックが持っててよ」 「は?なんでさ。ぼくには必要ないから」 「いや、自分も二つも要らないと思うんだけど」 「それ、対になってるみたいだから両手にはめて使えばいいんじゃない?」 「えー、一つでいいよ」 「あんたが持ってればいいだろ」 「やだ。ルックが持ってて」 「いらない」 「ルック」 しばしのにらみ合いの末、先に折れたのはルックだった。 |