またこの世界へと降り立ってから数週間がたった。
 戻ってきたときは夜だったしルックの様子が可笑しかったから挨拶もいかずにルックが目覚めるまでベッドの中に入っていたけど、相当長い期間よく眠れなかったようで中々に起きてくれなかった。抱きつかれている自分も当然起きれないわけで、困ったなぁなんて思っているとレックナートさんは自らルックの部屋へとやってきて深く深く眠るルックの側で静かな再会を果たした。レックナートさんは微笑みを浮かべて改めて歓迎します、と静かにそれだけを言った。その声がとても掠れていたことには気づかない振りをして、自分も笑ってよろしくお願いします、とだけ伝えた。それだけでよかった。
 それからというもの、衰弱しているルックの変わりに家事全般を請け負い甲斐甲斐しく二人の世話を焼いて時間が過ぎていった。夜は甘えたなルックの相手をし、昼間はやけに傍にいようとするレックナートさんの相手をし、加えてたまに出没するテンの相手もし、と中々に忙しい。たまに買出しにでると鉢合わせするとテッドの相手も大変だった。再会したときも本当に大変で、怒涛のごとく飛び出してくる質問にわたわたしつつもできるだけ答えた。最後にごめんなさい、と頭を下げて謝れば、一拍置いてぱしんっと頭を叩かれてもういいよまた会えたからね、と笑顔で言われた。それがなんだかすごく嬉しかったのを覚えている。青臭いなー・・・なんて思ったことも。それからは市が出るたびに買出しに来る自分をよく探し当てられてはその日の遊び相手として構われるようになった。探し当てられるたびに二人の探索能力には驚かされる。自分はとても平凡な身なりで人ごみに埋もれてしまえば探すのも困難だからだ。自分だったら絶対に無理。探し出せない。そんなことをいえば簡単だよ、と二人で言い合って頷いている。いや、簡単じゃありませんから。あははは、と笑えば二人も笑った。そんな忙しくも穏やかな日が続いた。
 そして今日もまた、買出しのためにレックナートさんに送ってもらってグレッグミンスターに来ていた。


□◇□


「っと、」

 週に何度かの買出しの日のために、必要物資が書き出してあるメモを見ながら歩いていたら人とぶつかってしまった。しかも真正面から激突である。いくらなんでもこれはない。

「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「あぁ気にしない、で」

 互いに転びはしなかったが結構な衝撃があった。慌てて謝ればぶつかった人も朗らかに笑ってそのまま顔を引きつらせた。目が大きく見開かれる。え、と小さく声を漏らして目を丸くした。何故驚かれているのかわからない。茶色い髪。海のような蒼い目。透き通るような色に綺麗だなぁでも知らない人だよなぁ、と思っていたら目の前の人は引きつった笑みを満面の笑みに変えた。

「お嬢さん、もしよろしければお茶しませんか?」

 聞こえてきた声はどこかで聞いたことあるようで聞いたことのない声だった。というか待て、待てよ。この人、女の人じゃないのか?

「いやぁーあまりにも好みの子でびっくりしましたよー。なので是非、ご一緒にお茶でもしませんか?日々乾ききった生活に潤いを求めていたのです」

 にこにこと口をついて出てくる言葉は明らかに口説いているといわんばかりの言葉であいた口が塞がらない。女の人が女の人をナンパって、なんだそれは。そういう性癖の人もいるということは知っているが、まさか自分がその標的にされるとは思いもよらなかった。
 ぽかん、としていればにこにこしたままの女の人は返事を待っているらしい。肩に手を回したり手を掴んだりしてこないあたりまだ良心的で律儀な人みたいだ。自分はナンパなどにあったことはないが友達がよく声を掛けられるようで、酷いときは拉致られるんじゃないのかってくらいの勢いらしい。聞き流していたのでよく覚えてはいないが。とにかく誘いに乗るわけにはいかないので断りの言葉を捜していれば、ばこんっと痛々しい音が響いた。

「くぉーら!なにやってんだよ!」
「ったぁー・・・、テッド!いくらなんでもこれは酷くない?」
「酷くない!女が女をナンパするやつがあるか!」
「ナンパじゃないし!ただ好みど真ん中の可愛い子だったからお茶に誘っただけじゃないか!」
「それをナンパっつーんだよ!!」

 女の人の後ろから現れたテッドはそのまま女の人のお説教に入り、女の人は口を尖らせて拗ねたように何か言い返しては言い返されている。そのやり取りに長い付き合いの人なのだ、ということに気づいて小さく笑った。テッドは兄みたいだし、女の人は妹みたいだ。その光景に昔を思い出して懐かしく思い、少し泣きそうになった。
 叱り終わったらしいテッドがこちらを向く。女の人は後ろでむくれて不機嫌そうに何かぼやいていた。

「悪いな、こいつ俺の知り合いなんだ」
「あ、いえ、別にいいですよ。何かされたわけじゃないですし」
「そうだーただお茶に誘っただけだもん」
「お前は黙ってろ」

 一刀両断するテッドの笑顔が怖い。女の人も黙り込んだ。

「今日も買出し中なんだろ?邪魔して悪かったな」
「だから謝らなくてもいいですって。驚きましたけど被害はないし、いつもと変わりませんから」
「そうか?」
「はい。だっていつもテッドさんとさんに構われてますからねーこのくらいは許容範囲内です」
「いうなぁも」

 にこり、と笑えばテッドも一瞬だけ目を丸くして笑った。向日葵が似合いそうな人だ。そう思った。

「俺は用事があるから今日は一緒にいられないが、がお前と会う気満々だったからな。構ってやってくんないか?」
「どうしましょうかねー」
「あいつ拗ねると面倒なんだよ。な、一生のお願い!」
「一生のお願いにしては大分簡単なことですね」

 ぱん、と手を合わせてへらりと笑うテッドにそんなこといわなくても構ってもらいますよ、といえばありがとな、と言って頭を撫でてくれた。撫でられるのは嫌いじゃない。むしろ好きな部類に入るから大人しくして簡単な言葉を掛け合って別れた。女の人の手を引いて人ごみに紛れいていくのを見送り、買出しメモを片手に市の中へと突っ込んでいく。と出会えたら話してみようか。面白いことがあったよ、と。


□◇□


 不自然じゃない程度に急げるだけ急いで出てきたばかりの家へと戻る。腕を引いてる彼女は文句も言わず大人しくついてきていた。まぁ当たり前だろう。あんなにふざけてはいたが内心冷や汗ものだっただろうから。
 勢い良く開いた扉の奥へと人間二人を収納し、同じように勢い良く閉める。そして一拍ほど置いて盛大に息を吐き出しながらずるずると座り込んだ。掴みっぱなしの腕の持ち主もへたり、と座り込んで非常に疲れたように目の前に座り込む。疲れたのはこっちのほうだ。

「お前・・・なにやってんだよ・・・」
「うん、申し訳ないと思ってるよ、テッド・・・」

 そう思っているなら何故あんなことをした。そういわんばかりに半眼で睨めば仕方なかったんだ、と重たい息を吐き出す。

「まさかぶつかって鉢合わせするとは思ってなくてさ・・・。顔を見た瞬間に引きつらせちゃったんだよ、顔を」
「へぇ、にしちゃ珍しい」
「うん、完璧に油断してた。んでかなり混乱してた」
「それであれか」
「そういうこと」

 もう少しましな対応できなかったもんか自分・・・。そう呟くは非常に疲れているようだった。俺でさえ緊張と不自然でない芝居に気を使いすぎて酷く消耗しているのだ。何が何でも不自然に、一切気づかれてはいけないに比べればまだ消耗の具合は激しくない。なんだかんだで運が良いのか悪いのか、いまにも寝そべりそうなほどぐったりしているを眺めながら息を吐きだした。ぐい、と引っ張れば思いのほか簡単に腕の中に崩れてきたを受け止めてあやすように背中を軽く叩く。

「お疲れさん」
「ありがとテッド。ご褒美のちゅーください」
「本当にするぞコラ」
「すんませんでした」

 軽口を叩きあいながらしばらくの間、二人でぐったりと座り込んでいた。