「ルックー」

 ベッドの上に転がって名前を呼べば、うるさいとばかりに眉を寄せつつも近寄ってきた。そのまま抱きつくようにしてすぐ隣へと潜りこむ。それを確認してから、明かりを消した。一瞬だけ視界が真っ暗になるが、慣れてしまえば月明かりで照らされた室内は結構明るい。寝るに支障はないし、月明かりだけで照らし出される光景は好きだ。とても、きれいだと思う。そんなことを考えながら柔らかいベッドへと体を横たえさせ、ルックの小さな肩を抱き寄せた。そうすることで硬くなっていたルックの体が解れ、初めて眠る体勢へと入るのだ。腕枕はしない。痺れて朝に、大変なことになるからだ。それにルックは勝手に人に抱きつくように密着して眠るから、自然と抱き込む形になって必要ない。むしろ腕枕ができないくらいだ。仰向けに寝たら寝たで一つのベッドに二人はさすがに狭いし、おかげで右を下にして眠る癖がついてしまった。朝起きたら仰向けになり、上にルックが乗っているということも度々あるが。そのときは何時も息苦しい夢を見る。仕方ないのだけど。
 軽く息を吐き出し、胸に顔を押し付けるようにして眠るルックを見た。さらりとした髪があたりこそばゆいが、それも慣れてしまった。自分がこの世界に戻ってきたときから続いているのだ、慣れないはずがない。縋るように抱きつかれ、そのまま眠ったあの日。あの日からどうも、ルックは一人で眠れなくなってしまったらしい。自分が夜遅くまで起きていればルックも起きているし、寝なさい、とベッドに押し込んでも眠ってくれたことはなかった。頑として眠らない。一人では。レックナートさんに預けることも考えたけど、ルックが盛大に嫌そうに顔を歪めたから却下した。一体どうしたのか。・・・まぁ、考えても仕方ないことだけど。こんな風になってしまったのは自分がこちらにいない時だ。わかるはずがない。重苦しいため息をついて、ゆるりと迫り来る睡魔に目を閉じた。腕の中で身動ぎするルックはきちんと眠っているようだ。よかった。それだけを確認して、意識を手放した。


□◇□


『やぁ』
「・・・光、か。なに?なんか用事あるの?」

 いつの間にか目の前に現れていた光に、さくっと用件を伝えるように促す。光と会うのは夢の中でだけだが、その間は眠っているにも関わらず意識がはっきりしているため、眠っていたという実感がわかないのだ。つまり起きているときと変わらない。おかげで疲れが取れずに翌日に持ち越す。ビバ睡眠不足!となる。気まぐれで現れているようなので、こちらとしてはいい迷惑である。

『運命共同体の相棒に対して素っ気無いなぁ』
「そのつもりなら安眠妨害しないでよ」
『これは君のためでもあるんだよ?』

 そういって笑う光が非常に胡散臭い。

『君はまだ、この世界に適応していないからね。僕は世界の根源。混沌。そのもの』
「だから光と過ごしていれば都合がいいって?」
『そういうこと』

 眉を寄せて鬱陶しそうに吐き捨てても、光は堪えた様子もなく笑っている。どうやら安眠確保はしばらくできなさそうだ。諦めるほうがまだ堅実的かもしれない。はぁ、ともう一度これ見よがしにため息をついて光を見上げた。相変わらずの端正な顔は柔らかく笑みを刻んでいる。

「・・・ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
『なんなりと。お姫様』
「柄じゃないから却下」
『えぇー』

 全く、人のことをなんだと思っているんだ。そう言い返せば僕のお姫様、なんて言葉が返ってくるのは目に見えているのでいわない。中々に扱いに困る光だった。

「ルックのことなんだけど」
『あの子供が、どうかした?』
「・・・前はあんな子じゃなかった。知ってるでしょ?」

 お互いにつかず離れず、兄弟子と妹弟子としてそれなりの関係を歩んできた。互いに辛辣な言葉をかけあい、まるで悪友だといわんばかりの関係性だったのに、それなのにいまはどうだ。明らかにルックが依存し始めている。自分がいないと眠れない。決して眠ろうとしない。それも抱きつかなければ安心すらもできない。離れる前はそんなことなかった。むしろ近寄るだけで邪険にされた。可笑しい。可笑しすぎる。ねめつけるかのように光に視線を向ければ考える仕草で上を見て、へらりと笑った。

『まぁ、この子供にいろいろあるってことだよ』

 光ならば何か知っているかもしれないと思い聞いてみたのにそんな言葉で誤魔化された。ぎらり、と睨んでも飄々としていて何もいうつもりはないらしい。確実に何かを知っている。そう直感が訴えるが光から聞き出す術は生憎と持ち合わせていなかった。もう少し語彙と頭がの回転がよければよかったのに。柄悪く舌打ちすれば光が笑った。ちくしょういまに見ていろ。

『あ、ねぇねぇ』
「なに」
『いい加減、僕のことを光って呼ぶのやめて、名前をつけてよ』

 顔を歪ませてぶっきらぼうに答えたというのに光は気にした風もなくお願い、なんていって首を傾げた。紋章のくせしてなんとも己の使い方をわかっている光だ。酷く可愛らしい上に美しい。たぶん、これをされてお願いを聞かない人間はいないだろう。あまりにも現実味がなさ過ぎる美しさではあるが。

「光、でよくない?」
『えー、それって、君が僕のことを最初に光だと認識したからでしょ?それじゃ意味はないよ』
「なんで?」
『僕が僕であるための言葉が欲しいんだ。確固たる僕という存在の証に』

 光は微笑んでよくわからないことをいう。ぎゅっ、と眉を寄せて心の中で言葉を反芻するがやはりよくわからない。あぁしかし何かで読んだことがある。陰陽道だったか占いだったかなんだったか、名前はとても重要な意味をもつのだそうだ。名前からその人の全てともいえることを、運命すらも知りえる場合があるらしい。それほどに名前とは重要な意味を持つものだと、そういうことをいいたいのかもしれない。

「あー・・・そうだなぁ・・・。・・・テン、ってのは?」
『テン?』
「そう、テン。漢字で書くと"天"って書くんだけど、他にも読み方があって"そら"とも呼べるね」

 光は繰り返し呟く。テン。そして、そら。

「あとね、"天"には天地と万物の支配者、造物主、いわゆる天帝っていう神様みたいな意味があるわけよ。そして大空、雨、っていう意味もあるし、光にぴったりじゃない?」

 にこり。笑えば光、改めテンが笑う。嬉しそうに満面の笑みを浮かべるものだから若干気持ちが萎縮してしまった。人外ともいえる美しさにそれはさすがに攻撃力が高い。

『そっか、テン、か。いいね、気に入った』
「そう?なら嬉しいけど」
『うん、僕はこれからテンと名乗るよ。ずっと、僕が僕である限りね』

 そういってテンはの国の文字は面白いね、と言ってご満悦の様子だった。子供のようにはしゃいで嬉しがるテンを微笑ましく思いながら眺めていればぐにゃり、と空間が歪む。あぁ、もう起きる時間か。

『それじゃ、またね』
「うん、またね、テン」

 名前を呼んでやれば嬉しそうにこそばゆそうにはにかむ。なんだ、案外可愛いところがあるじゃない。そう思ったところで意識が切れて目を覚ました。
 今日もまた、変わり映えがないようであるような一日が始まる。