ぼんやりと空を見上げていたらいつの間にかルックが目の前にいて、既に荷物は塔に 転移したと聞かされた。それに気づかないほどぼんやりしていたのかと思うと なんとなく、不覚だと思った。 「かえるよ」 そういって差し出された手を掴み、またあの地面がなくなったかのような浮遊感 がくるのかと思うと手に力が入った。たとえ一瞬の感覚とはいえ、なかなかに 気持ち悪いものなのだ。小さくうめき声を出したことは許して欲しい。というかそんな 目でみないで欲しい。無事に着地して目を開ければ、グレッグミンスターに転移したときに移動してきた島の先端にいた。戻ってきたのだ。軽く息を吐き出し、突き刺さる視線には気付かない振りをして塔にむかって歩き出す。たまに現れる敵はルックが紋章を使って倒してくれている。このときに目を泳がせたり 俯いていたりすることには何もいわないのに、なんでうめき声を出したことで そんな情けないとでもいうような目でみられなくてはいけないんだ。 この居た堪れない雰囲気に我慢の限界だと思い、適当な話題を吹っかけてみた。 「ねぇ、なんで塔に直接転移しないのさ」 「・・・・・・ぼくの力量不足だよ」 ため息とともにいわれた言葉を察するに、たぶん、ルックはまだ転移を覚えて間もない のだろう。だから塔から島の端まで歩いて転移するのはまだ遠距離での転移に慣れて いないためだと考えれば納得できる。しかし、逆に考えれると島の端までくれば グレッグミンスターまでなら確実に転移できるわけだ。そのへんはさすがというべきか なんというか。 「ん、じゃあ荷物だけを塔に送ったのは修行の一環?」 「そういうことだね」 なるほど、とつぶやいたところで脇から敵が跳びだしてきた。ルックは戦闘態勢、と いうほどではないが敵に意識を向ける。自分はあらぬほうへと視線をむけた。 ルックは、いくら兄弟子といってもまだまだ修行中のひよっこだ。いつも面倒を みてもらっているからとはいえ、まだまだ魔術師と呼べるには程遠い、はず。 だから日常であることを利用して修行しているのだ。なぜそこまでするのかは わからないが、なかなかに立派なことだ。だから、自分の部屋に荷物が散らばっていたことなどは愛嬌ということにしておこう。片づけが大変だったけどね。 □◇□ また、夢をみた。いつものように、――といっても二回ほどなのだが――泉の上に立って、今度は初めから あの光と対面している。淡く光る、擬人化した光だ。不思議とまぶしくないから視線を外さずにいられる。やっぱり、顔は見えなかった。 「ねぇ、君はだれ?」 『俺は光。闇。混沌。根源』 ただ、なんとなく話しかけただけだった。人の形をしているから答えられるかも しれないと、冗談半分でもそう思ったから。まさか返事が返ってくるとは想像だにして いなかった。酷く驚いたのが伝わってしまったのか、薄く笑う気配がした。 『やっと、僕の声が届いたね』 「ん、あぁ・・・そういえば前にも話しかけられてたような」 『まぁね。全く聞こえていなかったみたいだけど』 「・・・なんで聞こえるようになったわけ?」 『それは君が馴染んできたからだよ』 馴染んできたとはどういう意味だろう。さっぱりわからない。魔力のことだとしたら、 まぁ馴染んではきているだろう。毎日しごかれているおかげで大分操れるようになった。 『君は選ばなきゃいけない』 「選ぶ?なにを」 『あちらとこちら』 いまいち抽象的なような気がしてわからない。あちらとこちらとは一体なんなのか。悩んでいる自分になどお構いなしで目の前の光は言葉を続ける。 『君は一回帰って。それから決めて』 「帰る?目が覚めればいつもの日常だし、別に改めていうことでもないじゃん」 『さぁ、どっちの、だろうね』 全くわけがわからない。思わず眉を寄せ、顔を歪ませる自分に光は声をあげて笑った。そしていつかやってくれたように、目のすぐ前に手をかざし、もう一度帰れといった。自分はされるがままに抵抗はしない。目に痛くない、淡い光を受け入れて、ひとつだけ 聞いた。 「ねぇ、君はだれ?」 『世界の支柱、礎さ』 □◇□ ばちん、と目が覚める。部屋の明るさの具合からみてすでに日は高く上っている みたいだ。なんで起こしてくれなかったんだろうと思いながらもあわてて飛び起きた。 布団がめくれたまま直そうともせずクローゼットから制服を取り出し、スティック状 のパンを何本か食べる。かばんの中身は学校に置き勉してあるために問題なし。かばんをひったくるようにして掴み、居間の机の上にある鍵も忘れずに。 「って違うだろ!!」 肩にかけたかばんを思いっきり床に投げつけた。意外にも酷く大きな音がなったが 近所迷惑かもしれないなんて思う余裕すらない。肩で息をしているが落ち着かせることも せずに周りを確認、愕然とする。 小さいかもしれないがひとり暮らしする分には丁度いいテレビ、冷蔵庫、随分昔から 使っている羽毛布団にベッド、パソコン、本棚には入りきらずに散らばっている本、 本棚。間違いなく、ここは自分がひとり暮らしをしていた部屋だ。 「・・・は、はは」 なんだこれは。なんなんだこれは。自分は実家に里帰りしてたじゃないか。そこで どこか異世界にいって、帰れないっていわれて、レックナートさんのところに 身寄りを寄せて、ルックに教わりながら魔力制御の修行して、家事に追われて。それなのに、なぜまたここにいる。帰れないといっていたではないか。 しかもなぜ実家ではなくこの部屋なんだ。わけがわからない。 へたり、と座り込み、何気なく滑らせた視線が携帯に止まった。あまりにも あわてていたためか机の上に放置されたままだ。動かない頭で、今日は何時だろうと 確認するために折りたたみ式の携帯を手にとって開く。 表示された日時にまた愕然とした。手が震える。本当にわけがわからない。だけどひとつだけ理解した。 『帰れ』とはこういうことだったのだ。 表示された日時は、あの世界に迷い込んだ日から一月たっていた。 |