夕食の後、今日はあんなにたくさん寝たのにベッドに入った途端眠ってしまった。朝起きてなんでこんなに睡眠をとってるんだろうって不思議に思った。 □◇□ 「今日かいだしにいくから」 「へぇ、んじゃあ自分はまた課題とか読書とかしてればいいわけ?」 朝食の後片付けをしているとき、ルックに買出しにいくことを聞かされた。 なにもこれが初めてではなく、 ルックが大量の買出しに街へと出かけている間は言い渡された課題をこなすか読書するかですごしていた。 だから今回もそうなのかと思っての発言だったが、ルックはこれに首を振り否定した もんだからどういうことか目で問いかける。 「にもつ持ち」 「…あっそ」 「あと、あんたの着るものとか」 その言葉に動きを止めてルックをみれば間抜け面と一言で切り捨てられた。 「あんたこのままレックナート様が持ってくる服でもきていたいわけ?」 「いや、もう勘弁してほしいかなそれは」 自分がこちらへと来たときは突然だったから自分が身に着けていたものしかなくて、 着替えとかどうしようかと目が覚めたときルックに相談したのだ。 いろいろ話し合った結果買いにいこうかということになったとき、レックナートさんが 突然現われ大量の服を持ち込みなぜか着せ替え人形とさせられた。 思い出しただけで頭痛がする。 まるでリカちゃん人形のような扱いを受けた後、一番似合うと目された服を置いて、 レックナートさんはいい仕事をしたといわんばかりの満足げな笑顔で去っていった。その普段着として渡されたであろう服はチャイナ服を筆頭に中華系の、妙にスリットが多く 深いものであったが、本当は着て欲しかったんだろうフリルの多い服に比べたらまだ許容できる 範囲なので大人しく着て過ごしている。 「それに修行でぼろぼろだろ。いいかげんかいかえた方がいいさ」 「へぇ、優しい心遣いありがたく思います」 「は?目障りなだけだよ」 「…少しでも感心した自分が馬鹿だったよ」 会話をしながらも手は動かしていたため、話し終わるとほぼ同時に片付けは終了した。そしていつもなら各自振り分けられた家事へと移り、一段落したあと修行となるのだが今日は 買出しにいくためそのままルックと共にレックナートさんの下へといった。どうやって言い包めるのか気になったが、案外簡単に丸め込むことができて安心なのか 不安なのか微妙な感じだった。レックナートさんは案外単純だ。 「そういえばどこへ買出しにいくわけ?」 各々準備をして転移するために島の端まで来たとき、ふと思いついてルックに聞けば 丁度モンスターを切り裂いていたルックは面倒なのか、簡潔に一言で答えてくれた。 「グレッグミンスター」 □◇□ 僅かな浮遊感のあと、目の前に現われたのは賑やかで騒がしい人の群れだった。 「…ねぇ、なんか人多くない?」 「今日は市がたつんだ。おおくてあたりまえだろ」 「いや、聞いてないし」 行き交う人の群れを眺めたり周りを見渡したりして、人の多さに、騒がしさに眉を寄せた。 これまで過ごしてきた場所が場所なだけにやけに騒がしく聞こえるのかもしれない。 あの塔は静寂という言葉そのままのようなところなのだ。 「はい、これ」 「なに、この紙」 いきなり目の前に差し出された紙を条件反射で受け取り、目を通しながら聞く。 ルックはやはり簡潔に買出しメモと答えた。お金が入った袋を押し付けられる。一応お金の使い方、種類は教えて貰い把握はしているが、 「二手に別れて買出しってこと?」 「そのほうが時間がかからないだろ」 「ふぅん、まぁいいけど」 若干不安ではある。 「おわったらこの噴水まえにしゅうごう、まよったらまず城をめざして、 城門を背にしてあるけばつくから」 「わかった」 その言葉を聞いてルックは足早に人ごみの中へと消えていった。なんでそんなに 急いでるのか不思議だったがメモに最後まで目を通せばそのわけを知れた。 「冷たいのか優しいのか、どっちなんだか」 メモには野菜数種類しか書いてなく、あとは自分のすきなものを買ってこいと走り書き された一文があるだけだった。野菜はそんなに重くはないものばかりだし(というかめちゃくちゃ重い野菜とかあるのか?)、 今日予定していた買出しの重量感たっぷりのものはすべてルックが担当したと思われる。 もう少しくらい任せてもらっても支障はないんだけどなぁと思わずにはいられなかった。 むしろ頼ってもらいたいものだ。子供が苦労していいことはないだろう。 「……」 だからといってすでに姿の見えないルックを探そうにもそれはただの時間の無駄なわけで、 仕方なく自分の目的を果たすために歩き始めた。 初めてきた街だがルックに教えてもらった大きな目印もあることだし不安はない。 これまたルックのおかげで時間はあるし、まずは市がたっているという広場へとむかった。 まぁ広場がどこだかわからないのだが人が多くて騒がしいほうへとむかえばそこが広場だろう。 我ながら大雑把なやつだと思う。 目に入った美味しそうな果物をひとつ買い、食べながらゆっくりとした歩調で歩く。どの方向をむいてもあふれる笑顔、気前のいい屋台の親父やかみさん、美味しい食べ物。 今日は市がたつとのことで活気にあふれているが、もとからこんな感じなのだろう。 ただここまで騒がしくはないというだけで。 いい街なんだなぁと食べていた果物の最後の一口を放り込み咀嚼する。果汁でぬれた 指をなめてそろそろ目的の店でも探そうかとあたりを見回した。どうやら広場を突き抜けて住宅街へときてしまったようで、今度は目的の店を 探しながら突っ切ろうと考えて振り返った。 「う、ぎゃあっ」 「ぅおっと」 少し俯き気味で前方不注意だったため前はみえず、それは相手も同じだったようで タイミングよくぶつかってしまい尻餅をついた。実際にこんなことがあるもん なんだと微妙に感心していればぶつかった人は倒れずに立っていて、なんだか 悔しいような気がした。 「っとわりぃ!なぁあんた、大丈夫か?」 そういって手を差し出してにかっと笑う。纏う色は海の色なのに、 まるでひまわりみたいだった。ぼけっとぶつかった人をみていれば、笑顔だった顔は困ったかのような表情になり、 ごんっという鈍い音が響く。 「なぁーにやってんだよテッドは」 後頭部をおさえてうずくまる人の後ろには、黒塗りの棍を片手に持って軽く肩を 叩いている人が立っていた。明らかにあの棍が凶器だと思われた。 「〜〜――っ、てっめ、この、!いきなりなにしやがんだ!」 「なにって、テッドの頭をカチ割ろうかと」 「そんなことしたら俺死ぬじゃん!」 「冗談だよ冗談」 「冗談に聞こえないのはなんでだろうな」 片や影を背負い、片や輝くような笑顔をみせているこの人たちはなんなんだろうか。 いや、ぶつかった人ととその連れなんだろうが突然のことで全く頭がついていかなかった。 何度か続く言葉の応酬は喧嘩腰にも関わらず楽しそうで、最後には互いに笑っている。どこからどうみてもこいつらは唯一無二の親友なんだと思い知らされる雰囲気だった。不意に連れの人と目があい、にこっと微笑まれる。その笑みはぶつかった人とは違いこの人は どこか品のある笑みだ。(ぶつかった人に品がないというわけではないけど) それ以上にどこか強烈な印象をうけた。一度関わったのなら忘れられない、街を 歩いているとどうしても目をひいてしまう、そんな感じの。 強烈な、存在感。 「この馬鹿が悪いね、ガキみたい前方不注意で走ってくからさ」 そういってまた手を差し出されたことで我に返り、あわてて手を借りて立ち上がった。 器用なことに、その手をかしてくれている間にもぶつかった人と何事かを言い合っていた。 「こちらこそすみません、自分も前方不注意だったんで」 「いや、ぶつかったこいつが悪いから気にしないで」 「ひでぇ扱い」 「その通りだろ」 どうやら自分が悪かったという意識があるらしく、ぶつかった人は黙ってしまう。いや、でも、自分も悪いとは思うんだけど。視線をゆらゆらと泳がせてあー・・・と言葉を繋ぐ。 「でも、自分も同じようなものなのでお互い様です」 「優しいなぁ、あんたは。どっかのだれかさんとは大違い」 うんうんとうなずいていたぶつかった人は連れの人のどこのだれのことだい?と 底冷えするような笑みとセットの言葉を聞き、青ざめながらさぁ誰のことかなと 流そうとしていた。その迫力にこのままでは血の海をみそうだったので話をそらそうと 必死に頭を回転させる。 「…お尋ねしたいんですけど」 「ん、なんだい?なんでも聞いてよ」 「その前にその人を離してあげてください」 ナチュラルにヘッドロックをかけられている人に目をむけていえば案外簡単に 解放した。ヘッドロックをかけられていたぶつかった人は 涙目になって頭をおさえている。遅かったかと内心ため息をついて視線を連れの人に もどした。 「あのですね、実は服を買いにきたんですけどどこだかわからなくて」 「服を売っている店を俺たちに教えてほしいって?」 「あ、はい、そうです」 うずくまっていた人は連れの人の肩に手を置いて軽くよしかかるように立ち、会話に参加してきた。心配そうな視線をむければ手を振って大丈夫だと示してくれた。頑丈な人だ。さっきのやり取りが日常茶飯事であるのだろう。そりゃ逞しくもなるか。勝手なことを考えた。 「なぁ、せっかくだし付き合ってやろうぜ。どうせこの後なんにもねぇし」 「え、でもそんな、わる」 「テッドにしちゃいいこというんじゃない?暇なのは本当だし、付き合うよ」 にこにこと善意しか感じられない笑顔を向けられて断れる人がいるというのなら みてみたいものだ。(あ、身近に一人いたかもしれない) それに自分にとってはありがたいことだし悩む必要などないだろう。 「それじゃあよろしくお願いします」 「よし、決まりだね。僕は」 「俺はテッド。あんたは?」 「自分はっていいます」 自分の名前に小さく反応したテッドにくしくも気づかなかった。 |