ふと目が覚めると部屋の中は薄暗くて、窓の外に目をやれば太陽は沈み月が顔をのぞかせていた。 寝すぎのために起こっている頭痛とやってしまったという気持ちが頭痛へと変換され、 がんがんと鐘がけたたましく鳴るような痛みに耐えかね指をこめかみに添えた。 隣でむりやり寝かせたルックはまだ夢の中で、結構気持ち良さそうに眠っている。 しかもいつの間にか自分の服を掴んでいるのがかわいいったらありゃしない。
 ちらり、ともう一度外をみればやっぱり太陽の面影は殆どなく、これ以上寝ている わけにもいかないので勿体無いような気がするが、起こさないように手を外すことにした。指の一本一本、順番にゆっくりと外す。結構神経を使う作業である。こっそりとすべての指を外して詰めていた息を吐きだし、汗をかいていないくせに額を拭った。意味のない行動ではあるが気分的にそんな感じだった。一仕事終えた的な、そんな感じ。
 さて、とベッドを降りようとすればぎし、とベッドが軋み少し沈む。一瞬だけ体を硬直させて、なるべくベッドが揺れないよう慎重に降りた。つもりだった。

「…ねぇ」

 その声が後ろから聞こえると同時に後ろに引っ張られ、再びベッドに座る。あぁ、自分の努力は水の泡か…!がんばったんだけどなぁ、と若干肩を落としながら嘆きつつも引っ張った張本人に振り向けば、いつもと 変わらないようなルックがいつの間にか上半身を起こして座っていた。

「……おはよルック」
「そんな時間帯じゃないでしょ。いま夜中?」
「いや、まだ太陽が沈んだばっか」

 そう、とだけ答えて掴んでいた服を離した。そして寝すぎたか、と呟いて眉間にしわを寄せて欠伸を噛み殺している。それを横目に今度こそベッドを降りて背伸びをすれば、寝すぎのせいか骨が鳴った。くあ、と欠伸をして体を動かす。だるいったらありゃしない。いつの間にかルックもベッドから降りていて靴を履きなおしていた。これから 遅い夕ご飯を作るんだろう。といっても自分も手伝うのだが。

「それにしてもぐっすり眠ってたね」
「…まぁ、そうだね」
「また一緒に寝てあげよっか?」
「きりさくよ」

 それは勘弁、と言い返して廊下へとでた。ルックも続き、並んで台所へと歩く。

「そういえばレックナートさん、ご飯どうしたろうね」
「食べてないんじゃないの」
「え、嘘」
「それか自分で作ってめちゃくちゃにしてるか」

 そういって大きく溜息をつくルックを一瞥して、なら後片付けが大変かな、と自分も小さく溜息を つく。もしそうなら、今日中に片づけが終わればいいんだけどなぁ。またため息をついてたどり着いたキッチンへの扉を開けた。扉の開く音が妙に響き、広がっていく視界の見える範囲内ではどうやら夜遅くまで片付けをする必要はなさげだ。キッチンはきれいなまま、無事である。視線を右へと動かせばいつもの定位置に座って 読書中のレックナートさんがいた。

「あら、起きましたのね」
「…はい、まぁ、ご飯作らなくてすみません」

 そう謝れば別に気にしなくていいですよ、とレックナートさんは笑った。本にしおりを挟んでぱたんと閉じ、テーブルの上に積み重ねてあった本の上に重ねる。 その一連の動作をレックナートさんって本読むんだなぁと思いながらみていると、 レックナートさんは視線を滑らせ、ルックを見つめた。

「ゆっくりと、眠れたようですね」
「…おかげさまで」

 何か含んだいい方をしたレックナートさんにルックは不機嫌全開の仏頂面で投げやりに答える。 それがなにか気にはなったが、はっきりといえないから含んだわけで聞いてはいけないだろうと 結論付けて黙ってキッチンへと向かった。

「ルック、座っててよ。今日は自分が作るから」
「は?なにいってんの?ぼくも作るよ」
「ぶっ倒れそうになった人は誰かな」
「眠ったから平気だろ」
「同じ量の仕事こなしてんのにルックだけがぶっ倒れそうになるのは疲れがたまってる証拠 でしょつべこべいわずに座って待ってろっての」

 そうまくしたててルックのエプロンを没収し、背中を押してテーブルの方へと押しやった。 それが不服だったようで足に力を込め抵抗されるが、負けじと対抗すべく腕に力を込める。 子供に負けるほどか弱くないんでね!負けてたまるか。無駄に闘争心を燃やした無言の力比べがしばらく続いたが、馬鹿馬鹿しくなったのかルックが先に折れたようで力を抜いた。それに気付いてすぐに力を緩めてそのままテーブルまで押して歩き、椅子を引いてやる。

「じゃ、大人しく待っててよ。レックナートさん、お願いします」
「はい、楽しみにしてますよ」

 にっこりと笑うレックナートさんに笑い返し、ルックが座ったのを確認して素早くエプロン をつけて夕ご飯の献立を組み立てながらキッチンへと向かった。

「…ルック、あの方と仲良く、ずっと一緒にいてくださいね」
「しりませんよ、そんなの」
「あなたのためにもなりますから…、お願いします」
「…」

 哀しそうに微笑んだレックナートさんと仏頂面のルックがそんな会話をしたことを知る由も なかった。


□◇□


 いつも食べているのは洋風の食事のため、もともと和食派だった自分としては 久々に食べたくなったということもあったが、得意料理は和食だったために今回は 和食でいくことにした。ルックの手伝いをずるずると続けてきていたためにこちらの料理も それなりに作れるようになったし、それらを作ってもいいが自信がなかったために却下した。 普段からルックの手料理を食べていれば、当然の成り行きというか、なんというか。 ルックの料理、美味しいんだよなぁ。やっぱり手伝って貰えばよかったかなぁ。ぼんやりとそんなことを考えながら残り少ない食材をチェックし、なにを作るか考え、同時に買出しにいかなけれなばと 思った。残りの食材が少ない。これは死活問題だ。
 しかし、いまはそんなよりも二人とも和食を美味しく食べてくれるかどうかが問題だった。 それは自分の腕にかかっているのだが、いまいちよくわからなかったりする。人に作ったこと がないために美味いとか不味いとかの評価をもらったことがないのだ。自分の意見は端から 考えていない。うーん、と唸りながら悩むがそれで解決するはずがなく、当たって砕けろ、という 名の開き直りをして食材を手にとり、今日作る夕ご飯を決めた。
 決断した後の行動は早いもので、手際良く下ごしらえをし作り上げていく。 久々に自分ひとりで作る感覚に懐かしく思い、機嫌よく包丁をふるった。一人暮らしをしていたころは面倒だったけど、料理は別に嫌いじゃない。むしろ好きだから、趣味の範囲内で腕をあげようとしたこともあったか。あぁ懐かしい。
 いつもと微妙に違う料理の匂いに気付いたのか、暇つぶしに本を読んでいたルックが顔をあげた。 丁度目があったためついでに運べと無言で訴えれば眉間に皺を寄せながらも本を閉じ、 こちらへと歩いてくる。それを横目で確認して一言礼を述べて作業へと戻った。

「どれ」
「そこに並んでるやつ」
「…ぼくが作るのとはちがうね、はじめて見る」
「うーん、まぁそうかもね、母国の料理だからさ」

 ルックはふーんとつぶやいて皿を持ってテーブルのほうへと歩いていった。その先で レックナートさんは本を片付けようとして落とし、ルックがため息をついている。 つくづく不器用な人だな、と思った。作り終えた料理をカウンターに置いて手を洗い、自分も作った料理の皿を持ち、テーブルへと運ぶ。
 あまり自信がなかったけどレックナートさんからは美味しいという言葉をもらったし、 ルックからはまぁまぁなんじゃないという言葉ももらったからとりあえずは 不味くなくてよかったと思った。