気付くと空にあった月は随分と高度を下げていた。窓を開け放ち風にあたっていたから 身体は冷えきっている。髪をかきあげれば当たり前のように、すでにかわいていた。
 ぐっ、と背を伸ばすと骨が鳴った。変な体勢で寝入っていたために身体の節々が痛いし 腕が痺れている。腕を揉み解しながら、まだ日の出には早いから寝直そうとベッドへと向かった。それにまた風邪でもひいて寝込んだらルックに呆れたような顔をされるし鼻で笑われる。そう思うだけでも不愉快に感じられ、同時になんだかすごく癪だった。そんなことを柔らかい布団にもぐりこんで考えていると、また気付かないうちに眠ってしまった。


□◇□


「…またかよ、ここ」

 気がつけば昨日のゆめと酷似した場所に突っ立っていた。なんだか今日は気付いたらとか、 意識がふと戻るということが多い。こうも頻発して起こることはないのに、どうしたと いうんだ、今日は。

「今回も変わらず水の上、ねぇ…」

 ルックと話していたとき、というか起きていたときは思い出せなかったゆめの詳細が 次々と思い出せた。確かあのときは泉の中へと入ったんだった。そして光に触れようとして。

「…は?」

 前回のゆめの内容に思考を飛ばしていると、触れようとしていた光が自分のまん前へと、 下からのぼってきた。前回と変わらず、淡く光っている。とりあえず、状況がつかめなかった。説明が欲しかった。でも、そんなのは無理に決まっている。この場には光と闇と泉と自分しかいないんだから。
 思考停止したまま光を凝視していると、変形し始め、かろうじて人とわかる形になった。 顔は逆光でみえない。その前に顔というものがあるのだろうか。
 淡く光る、擬人化した光源は腕を自分に向けて伸ばしてきた。自分は避けるわけでもなく、だからといって掴もうとするわけでもなく、ただその光を凝視しつづけた。触れられるのを待つかのように凝視し続けた。

 どうしても触れて欲しかった。
 だけど触っては欲しくなかった。

 矛盾した相反する感情をもてあましながら近づいてくる光を見続けた。手の平と呼ぶべきだろう光は視界を覆うように、けれど決して触れないように停止する。淡く光っているはずなのに視界は暗闇に閉ざされた気がした。

「――  、  ―― 」

 聞こえない言葉と同時に気を失った。


□◇□


「…おはようルック」
「……おはよう」
「ところで聞きたいんだけどさ」
「なに」
「起こしにくるぐらいでなんでロッド持ってるのかな?」

 横向きに、しかも壁ではないほうを向いていたから目が覚めたと同時にロッドをもった ルックを視界におさめた。目が合うと驚いてたけどすぐに無表情になりそのまま数秒、 先ほどの会話へと至る。ルックは自分の質問に別に意味はないよと答えるが、やはり視線をあらぬほうへと向けている時点でうそだとわかる。
 おまえ、それで頭叩く気満々だっただろう。

「…ったく、なんでそんな起こし方しかできないかな」
「うるさいな。別に意味はないっていってるだろ」

 溜息をつきながらそう呟けば間を置かずに不機嫌な声が返ってきた。 どうやらそれを貫き通すつもりらしい。ばれているというのに、天邪鬼なことだ。

「はいはいそういうことにしておきましょーか」
「なに、そのいいかた」

 少し癇に障ったようでぐっ、と眉を寄せた。それを横目でみて片手をふり、クローゼットから 服を取り出す。

「なんでもないよ。それより着替えたいんだけど、みるの?」
「だれがなにを」
「ルックが着替えを。別にいいけどね、みても」
「じゃあ着替えれば?」
「え、まじで?」

 今度は自分が驚いてルックをみればあんたが先にいったんだろ、という目をむけられた。 そしてロッドを壁に立てかけ、いつもの定位置となっている椅子に座って本を読み始める。
 これは予想外。なにか毒舌を吐くか一言で切り捨てるかのどっちかだと思っていたのだが。頭を軽くかきながら服を片手にしばらく考えた。結果。

「ま、いっか」
「なにが」

 読書に熱中しているかと思えば聞こえていたようで声が返ってきた。

「ん?なんでもないさ。ところで朝ごはんは?」
「まだ。これからつくるから手伝ってよね」
「まじ?」