可笑しい。可笑しい可笑しい可笑しすぎる。 修行をはじめて数十分。昨日あれだけうまくできなかった魔力の制御が、ルックほど 完璧ではないとはいえ、できていた。自分を制御が苦手な人とすれば上出来の部類に入る と、ルックは驚き半分疑問半分といった表情でそう教えてくれた。ストレートになんでいきなりそんなに扱えるようになってるわけとか聞かれたが、自分にもわからないことだったからそのままわからない、と答えるしかない。不思議だ。不思議すぎる。昨日と一体なにが違ったというんだ。朝起きて勉強して 初めて実技というものをして、今日も同じ様な予定を組みたたていたんだ。ほとんど 違ったとこなんか。 「…あ」 「なに?なにかおもいあたったことでもあった?」 ルックと向かい合って座り、可笑しい可笑しいよね、といいあって互いに原因となる ことを考えていた。意外にもルックは興味を揺さぶられたのか、一緒に考えてくれている。 好奇心からきている行為だろう、ルックの年齢ぐらいは好奇心が絶えない時期だと思うし。 でもなぁ、と唸り続けている自分に苛立ったのかルックは眉を寄せた。 「くだらないことでもいいからいいなよ。むだに気になるだろ」 「ん、あぁ、ごめん。あー…でもなぁ、関係があるとはなぁ」 それでも言い渋る自分に痺れを切らしたのか、ルックは軽く手をかざし切り裂きと呟いた。 瞬間ルックの手の甲が輝きかまいたちのような風魔法が放たれたが、それを認識する前に 本能で察知して転がるように体をずらす。そのとき一瞬だけみたルックの顔の額に 青筋がみえたような気がするのは、気のせいじゃないはずだ。 「ああああ危なっ!」 「いつまでもいわないあんたが悪い」 ふん、と鼻で笑うルックは少しすっきりした表情をしている。人が死にかねない魔法をぶっ放しておいて何様だ、と思ったがきっと避けれるように、と力加減はしてくれていたのだろう。そうじゃないと今頃自分は真っ二つだ。とにかく地面に転がったまま逆さにルックをみて、これから言い渋ることはできるだけやめようと思った。全く、あの至近距離で避けれた自分を褒めてもらいたい。 全身についた土をルックをじと目で睨みながらはたいて落とし、 さっきの位置からややずれて座った。 「ったく…。実は今日の朝に、いや、夜中?に変な夢みたんだよね」 「変な夢?」 「そ、変な夢」 あんまり覚えてないんだけどねぇ、と前置きをしてから覚えていた内容をあますことなく 伝える。ルックは大人しく、たまに相槌をうって聞いていた。 「で、最後になにかいわれたようだけどさっぱり覚えてないわけよ」 「ふーん」 「せっかく説明したのにそれだけ?」 「おかしな夢だね」 「いいかた変えただけじゃんそれ」 やれやれと溜息をついて立ち上がる。ルックも時間の無駄だったといわんばかりの顔をして 立ち上がった。それはいくらなんでも酷いんじゃないかなルックよ。 「でも、まぁ、儲けたとでも思っとくよ。原因不明だけど扱えるし」 「いいんじゃない?手間がはぶけるし」 「あぁ、それは楽だ。しっかし、それでもなんか気持ち悪いなー」 「原因がわからないんじゃしかたないだろ。あんたがいったようにもうけたとでも 思っときなよ」 「…そだね」 「それじゃ、今日はもう少しむずかしいことにしてもらうから」 「はいはい」 そして午後からの修行が再開された。 □◇□ 「あぁー、疲れたー」 そういってベッドへと飛び込んだ。ふかふかの布団が気持ちいい。枕を抱き込んで至福だ、 と呟いた。 あのあと、一段階難易度があがった修行をいい渡されてなんとか形になったところで 今日が終わった。そのあとすぐに夕飯の準備の手伝いをしてご飯にし、とりこんであった 洗濯物(レックナートさんができる唯一の家事だ)をたたんで片付けてしまい、一段落してから皿洗いをして最後に風呂に入ってから部屋へと戻る。これが最近の一日の過ごし方だった。他にもいろいろとやることがあるがそれはルックとのローテーションで行われている。レックナートさんは使えないということは身をもって体験してしまっているので、手伝うといわれても丁重にお断りしていた。それを自覚していないほど 馬鹿ではないので一度断ってからは何もいわれてはいない。(全部の家事を手伝ってくれたが ことごとく仕事を増やしてくれた) この仕事量をルック一人でこなしていたかと思うと尊敬の眼差しでみつめてしまいそうになる。 「そうだ、まだ髪の毛かわいてない…」 うとうとと睡魔に襲われていたが、髪をかわかざずに寝たら明日の朝が大変なことになる。 だからといってかわかすにもドライヤーというものがないので自然乾燥に頼るしかない。面倒臭ぇなぁもう、と呟きながら椅子を引きずって窓へと近づいた。かわくまでぼぅとしているのも暇なので月でもみていようという算段だ。髪は微妙な長さで短くはないが風邪をひく前にはかわくだろう。うん、大丈夫。問題はない。たぶん。 勢いよく窓を開き、椅子に腰を落ち着けて頬づえをついてから見上げた。 「う、わー…でっかい月ぃー…」 今日は丁度満月らしく、丸い大きな月が夜空にあった。ついでとばかりに星が輝いている。きらきらきらきら。まるで田舎へと帰って月見をしているようだ。 しばらくそうやって動かずにただ眺めて、次第に月を見上げたままずるずると姿勢を低くした。頭を横に倒す。そういえば、こうやって落ち着いて月など眺めたことがあっただろうか。こちらにきてからというもの、ぶっ倒れてずっと寝込んではいるか、修行と家事に追われて疲れ果て、すぐに寝に入っていたかのどちらかだ。髪をかわかす間も早く完璧に書けるようになるまでは、と文字の練習をしていたし、ゆっくりなどしていなかった。その努力の甲斐あってかもう殆ど読み書きでき、午前の勉強時間は読書の時間となった。 いま思えば全く違う世界にきたというのに大した順応力だ。いや、ただ考える暇がなかった だけかもしれない。それとも、考えたくなかっただけか。 「…あっちの月は、もっと小さかったな」 最後にみたのはどんな月だったかな。満月だったろうか。それとも半月?三日月? どうだったろう。 思い出せない。 「あぁ、ノスタルジー…」 目頭が熱くて仕方なかった。 |