あれからまた数日がたって、日常生活に支障がない程度には回復した。経験上もっと早くに回復してもいいはず、と首をかしげていると、ルックの疲労困憊のところに大打撃を食らったからじゃないという言葉に妙に納得してしまった。たぶんルックは間違ってはいない。それに、実は自分もそう思っていたこともある。あの日のことを思い出して気持ち悪くなった。

「あ」
「集中を乱さない。崩れるよ」

 ルックの言葉と同時に、自分の手の中にあった魔力がぱちんと弾けた。魔力は 四方八方に散り、空気に溶け合ったようにすでにない。手は電流が流れたように痺れて赤くなっている。それをさすっていると、ルックが盛大に溜息をついたのに気がついた。(というか気がつかないのがおかしい)

「それができないと先に進めないからね」
「わかってるよ」
「どうだか」

 なんでこんなにも憎らしげなのか。
 再び本を読み始めたルックを一瞥し、教えてもらったことを反芻した。


□◇□


 魔法は魔力を紋章に仲介することで使える。紋章の属性によって使える 魔法が決まるらしいがおおきくわけて攻撃系、補助系、回復系、となるらしい。そして魔法を使うにあたって必要なことは魔力の有無と魔力を制御する力、魔力を魔法へと変換する紋章だという。魔力の有無に関しては考えること自体が馬鹿らしいということで問題はないとのことだ。それは自分が大きな魔力を持っているということらしいが、いまいち実感というものがない。いままでそういうたぐいのものとはかけ離れた生活を送っていたため、仕方のないことだ。わかるというほうが可笑しいことである。制御についてはこの世界の人ならばこれも問題がないらしい。生まれつき、多かれ 少なかれ魔力を持って生まれてくるために無意識下で制御できるのだそうだ。 しかし向き不向きというものもあってたまに苦手な人がいるとのこと。それでもできる ことはできるんだとか。しかし自分は異界の迷い子。イレギュラーなのである。この世界に生まれついたわけ ではなく、迷いこんだのだから魔力というものがわかるはずもない。制御なんて 当たり前の如くままならない、前にわからない。これもわかるほうが可笑しい。
 そこまで思い出して手を握り締める。最初はルックに説明を乞うてみた。しかしそれは感覚的なものだと一刀両断されたのはつい数時間まえのことだ。そこからおしえなきゃいけないの、と 溜息もつかれた。つきたいのはむしろこっちだ。
 それならば見よう見まねでやってみろということになり、ルックを手本に何度か 試している。その成果で魔力というものはつかめた、と思う。このみえない陽炎の ようなものがそうだとすれば、魔力がどんなものかは捉えられた。あとはこれの 制御、自在に操ることができればいいのだ。恐らく。
 考えてはいるのだけどぼんやりとしているようにか見えないのか、ルックの痛い視線を受けながら手の平に集中する。無駄なく、流れるようにと考えながら魔力を扱う。想像し、創造する。掌から零れ落ちていく水のように魔力は形にならない。そのことに焦ってしまうのか、次第に眉間にしわが刻み込まれていく。

「う、わっ」

 手の中にあった魔力が爆発し弾けとんだ。規模は小さかったが前髪や毛先は焦げ、 今度は痺れではなく軽く火傷したように手がひりひりする。この程度の爆発はすでに何度か体験しているから、軽くため息をつき慣れた手つきで髪をなでつけ括っていた紐を一度解いて括りなおした。最初の頃、驚いて混乱し、騒いでいたからよくルックの持っている杖で殴られていた。実にたくましくなったものである。遠くを見るように空をみあげれば焦げてしまった前髪が視界に入り、大分短くなったなぁ、と掴んだ。しかし、一応女なのだから髪の毛がこげるのは避けたいところだ。焦げさせたくないのなら思い切って切ってしまった ほうが早いかもしれない。あぁ、でも、自分で切るのは不安であるし面倒だ。
 そう考えていると、視界の端に溜息をつくルックが見えた。

「さっきから集中がひどくおざなりなんだけど。なにか気になることでもあるわけ?」
「別に、そんなのは…」

 ちらっとルックをみれば思いっきり目があってしまった。

「なに?」
「あー、いやぁ、うーん」
「いいたいことがあるんならはっきりいいなよ」

 勘違いだったらいやだなぁと悩んではいたが、これはいい機会だと思うことにして 泳がせていた視線をルックにあわせた。

「さっき気付いたことなんだけさ、自分がここに来た初日っていつ倒れてもおかしくないくらいに 疲れてたんですよ」
「ふぅん、実際たおれてたよね」
「まぁそうなんだけど。で、その疲労困憊の状態ではご飯は喉を通らないのが普通 なわけ」
「へぇ」
「食べれたとしても戻してしまうというのも普通なことなわけよ」
「なにがいいたいの?」

 訝しげに片眉をあげて見上げてくるルックに頭をかいて視線を逸らした。 なんだ妙に気恥ずかしい。言いよどむ自分に、ルックは苛立たしげに眉を寄せた。

「・・・だから、ご飯を食べられたってことはルックが食べやすいものを作ってくれたから とかだったら、申し訳ない前にお礼をいわねければ ならないなってさ」

 そう思っていろいろ考えたり悩んだりしてたわけですよ、という一文で締めくくる。うわぁーもうなんか恥ずかしい。面と向かっていうことではないよこれ。もっとさり気なくいえたはずだ。確証がないからっていつまでも悩んでいるんじゃなかった。修行にも支障がでているし、そりゃ気付かれても仕方ない。いや仕方ないじゃないよ。普通にありがとうっていえばよかったよ何も説明することないよ自分!
 ぐるぐると、恥ずかしさのあまり俯いて地面を睨みつけたまま思考を巡らせる。後悔と反省しかできない。しばらくの間妙な沈黙に包まれていたが、あまりの反応のなさに耐えかねて視線だけでルックを見た。目を丸くして、呆けたようにルックはきょとんとしている。思わず顔を上げて目を丸くすれば一気に顔を赤くさせて踵を返した。

「え、なに、もしかして図星?」
「うるさい!!」

 そういって追いかければ怒鳴られた。横に並んでみれば手をかざして真っ赤な顔を隠そうする。だけど耳まで真っ赤に染まっているから効果はない。思わず噴出せば顔を隠すことを諦めたようで、赤い顔のまま睨みつけてくるし、なんでそんなに君は可愛いんだ。いいものみれた、とばかりに笑った。

「あー、ああ、ありがとう、ルック、」
「どもんな!!笑うなよ!!」

 いい加減笑いが止まらない自分に今日はおしまい、とだけいってルックは塔へと歩き出していた足を速めた。 その後ろを、笑いすぎて涙が滲んだ目を擦りながら追いかける。

「あー、笑った笑った。ごめん、ルック」
「まったくね」
「まだ顔赤いよ」
「うるさい!!」

 今日の修行の成果は微々たるものだったけど、ルックの意外な可愛らしい一面とか、 年相応の表情をみれただけでもよしとしましょう。
 ルックは赤く不機嫌なままだったけど、二人で一緒に塔へと帰った。