実際のところ、手伝うといっても簡単なことしかできなかった。体を酷使してしまっていたし、ルックは妙に手際がいいしで、この最悪な状態で手伝っても逆に邪魔にしかならないだろうと判断したということもある。ちょこまかと動き回るルックの後姿を眺めて、あぁ慣れているんだ、と無駄に涙を誘ったのは余談だ。
 あとで家事の分担でも相談しようと密かに決めて、ルックの絶品料理を味わっていたら目の前のレックナートさんが笑顔で、これを是非召し上がってくださいと運んだ覚えのない料理を差し出した。頭を傾けてしばらく不思議そうに眺め、気づく。これ、まさか。ルックに視線を送れば可哀相な目でみられた後に視線を逸らされた。やっぱり、あの、レックナートさんの、料理ですか、これ。笑顔でごちゃごちゃ何事かを喋り続けているレックナートさんには悪いけど全く聞こえてなどいない。精一杯、この窮地、どう乗り切るか頭を回転させていた。どうすれば避けられるか。回避できるか。期待に満ちた目をどうにかできるか。果たして自分はこの絶体絶命な危機を乗り越えることができるのか?!
 できなかったことなど想像に難くない。


□◇□


「つまり自分はこの世界に迷い込んでしまったと、そういうわけですか?」
「はい。そういう人たちを便宜上、迷い子や異界の訪問者などと呼びます。さんの場合では迷い子というほうが適当でしょう」

 まぁ自分から進んでこんなところへ来たわけでないし、そのほうが適切なんだろう、とベッドの上でレックナートさんの説明を受けながら与えられる情報を忘れないようにと頭の中で復唱していた。レックナートさんの料理の破壊力はすごいと思う。思考さえ、意識しなければ動いてくれないのだ。まぁ、ルックの何故か献身的な看病のおかげで、なんとか快方へとむかっているのだが。息を吐き出してとんでもないところにきたもんだ、と心の中で思う。本当に、本気で、大変なところにきたものだ。聞けば武器を持たずに外は歩けないとか、戦争があるとか、なによりモンスターと呼ばれる類の敵が外に蔓延っているとか。もうあり得ないでしょう。モンスター?ファンタジーの世界だよそれ。

「それで、レックナートさまは、それをどうなさるつもりなんですか」

 ぼんやりと思考を飛ばしていれば、やる気のなさそうな声が割り込んできた。原因は嫌というほど知っているから、申し訳無いという感情しか浮かび上がってこない。視線を動かせば疲労感漂うルックがレックナートさんを真っ直ぐみている。あぁ、もう、本当にすみません。

さんにはしばらく滞在してもらい、この世界のことを学んで貰います。そうしなければ危険ですからね。それから身の振り方を考えていただきますが・・・、そうですね、それまでさんはルックの妹弟子、ということになります」
「・・・そうですか」

 そう呟いてため息をついたルックは眉を寄せ、最高にやる気のなさそうな顔をした。一体全体どうしたというんだ。話からすれば自分はレックナートさんを師匠とするらしいが、そんなに自分を妹弟子とすることがいやなのか。そうなのか。案外酷いなルック。なんて考えていたら、飛び込んできたレックナートさんの言葉に目を丸くした。

「そういうことですので、さん、これからはルックについていろんなことを学んでくださいね」
「・・・あ?」

 思わず柄の悪い声がでたけど、それを気にする風もなくレックナートさんはにこにこ笑っている。あんたが教えるんじゃないのか、なんでそんなに笑顔なんだ、後ろでルックが頭抱えそうだぞ、とか、いろいろ突っ込みたかったけど、言葉にならなかった。いやいやもうなんで。

さん、体調が戻り次第、がんばってくださいね」
「いや、あの、でも、ルックも大変な、」
「がんばってくださいね?」
「・・・はい」

 いいようのない迫力と輝かんばかりの笑顔にそのまま押し切られてしまった。それではまた来ます、とどでかい爆弾を落として去っていくレックナートさんの後姿を眺める。あぁ、もう、なんて掴めない人なんだ。天然かとおもいきや腹黒属性まで持っているとは思わなかった。眉を寄せ頬を引きつらせて、米神あたりに指を添える。頭が痛い。けれども、まぁ、とりあえずは。

「・・・これからよろしく」
「その前にきちんとたいちょう整えてよね」

 ご尤もです。